掲載誌・紙
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陽気 山崎城之 〜特集〜世界へ広げる助け合いの道 |
ここは赤道直下。アフリカ大陸東海岸にあるケニア共和国・ボンド県カニケラ村のカニケラ小学校の校庭である。高地とはいえ、木陰でも30℃はある。8カ月間一滴の雨も降っていないので、空気がカラカラに乾燥している。 「なむ てんり おうの みこと」 「なむ てんり おうの みこと」 老若男女15人の、「第2回アフリカおたすけ隊」隊員による十二下りの総立ち手おどりづとめが終わった。 前年の「第1回アフリカおたすけ隊」開催前の視察のとき、私はこのカニケラ村の人におさづけを取次いだ。そのとき、不思議な身上ご守護を目の当たりにした村人たちから・・・(続きを読む) |
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大望 山崎城之
〜特集〜人のためにできること |
教祖は「人を助けて我が身助かる」と仰せになられたと聞かしていただきます。私たちは幸いにも教祖の“よふぼく”として、 おさづけを拝戴しています。「人のためにできること」、お道を知らない世間の人とのいちばんの違いは、ここだと思うのです。 時、あたかも、教祖百二十年祭に向かって実動の旬!いよいよ二年目を迎えようとしています。真柱様が『諭達第二号』でお示しくださっております。 いまゝでにないたすけをばするからハ エジプト航空の機内で 私たち第10回ケニア井戸掘り隊員の乗った機内で、「誠に恐れ入りますが急病の方がおられます。お客様の中にお医者様がいらっしゃいましたら(続きを読む) |
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躍動の泉 山崎城之
「贈呈行事を実施して |
第二回スリランカ(第一回インド)視察団は6月15日から24日、10日間の日程で行かしていただきました。視察団の事については、AAAニュースレター「地球家族のたすけあい」で記します。ここでは親神様・教祖の鮮やかなご守護をご報告させていただきます。(続きを読む) |
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「躍動の泉」 村上直美
「ウガンダおたすけ手記」 |
この度、渕和分教会・真誠ウガンダ布教所の開設に当たり、会長と共に、東アフリカのウガンダ共和国にある、マサカ市の布教の土地へ行くことになりました。2月26日から3月8日まで、わずか10日間ではありましたが、教祖のひながたの一端を僅かではありますが、たどらせていただいたように思います。多くのことを勉強させていただき、(続きを読む) |
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「躍動の泉」 村上道昭
「教祖を身近に」 |
あちらへ廻り、日々の処、三十日と言えば、五十日向うの守護をして居る事を知らん。これ分からんような事ではどうもならん」(M・22・11・7) このお言葉は教祖存命の理を明示されたもので、「存命の理」とは教祖が現身をかくされた後も、存命のまま元のやしきにとどまり、日々世界だすけの上にお働き下されている、と説かれている。従って教祖存命とは「たすけ一条の心定めをした人の心の中に教祖がいつも居られる」というような主観的、感傷的なものではなく、「日々の道を見て思やんしてくれねばならん」(M・23・3・17)「日々働いている。案じる事要らんで。勇んで掛かれば十分働く」(M・40・5・17)といわれるように具体的現実的なものである。 そのお働きとは、証拠守り、ご供(「をびや許し」を含む)、「さづけ」を通して示されるのであるが、忘れてはならないのが、このお言葉に教示されて ・・・(続きを読む) |
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私事で恐縮でございますが、二月二十六日の夜から三月八日にかけて、アフリカはウガンダという国に行ってまいりました。なぜこういう話をするかと言いますと、現地で布教されている人たちの通り方を見たとき、私は大教会長様がおっしゃるつとめとさづけの上から是非この話を聞いていただきたいと思ったのであります。 ウガンダに行った目的というのは、私どもの部内の渕和分教会でウガンダに真誠ウガンダ布教所(山崎"敬充","たかみつ">所長)が設立されまして、その奉告祭に私たち夫婦に・・・(続きを読む) |
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| 何も知らない娘が結婚してはじめて天理教と出会い次々と節が続くなかで育てられていったが、常に支えとなったのは初代会長と祖母の二人の老女であった
お道との出会い |
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喜びの生活 山崎城之
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泉東の親会長様(三代会長村上領一先生)が和南布教所にお入り込み下されました。私が39歳のときでした7歳になる長男の突然の出直し、このショックからは、なかなか立ち直れないでいたのです。なんとか成人をと思いましたがそのすべが分からず、とにかく「形だけでも成人を」ということで講社祭りから公認布教所へと手続きさせていただきました。それを知った親会長様がわざわざ大阪堺市から埼玉浦和の当布教所を訪ねて下さいました。 私どもの系統は おぢばー高安(大)ー泉東ー柳島ー島渕ー渕和ー和南(布)です。 こんな末端にまでお入り込み下さったことで感激でしました。で、布教所の宝にさしていただくために、特別にお願いをしたのです。 色紙には「喜びの生活」そして・・・(続きを読む) |
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なるほどの人 山崎城之
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ご紹介いただきましたシンバでございます。教祖百二十年祭三年千日が打ち出されて、私として、色々考え実働してきた経緯を吐露させていただきます。先ずは、実働の旬に燃えたよふぼくの世界だすけ「第五回アフリカおたすけ隊」のドキュメンタリービデオを見ていただきます。
真柱様は諭達第一号、第二号に渡って私たちの実働についてお示し下されてあります。 いままでにないたすけをばするからハ もとをしらさん事にをいてわ 九 29 と仰せられるように、元を教えてたすけることこそ、この道のたすけの神髄である。」 いまゝでもしらぬ事をばをしへるハ もとなるをやふたしかしらする 九 30 元なるのをやふたしかにしりたなら とんな事でもみなひきうける 九 31 このはなしたれがゆうとハをもうなよ 月日の心ばかりなるぞや 九 32 よろづよのせかい一れつみハたせよ やまいとゆうもいろ/\にある 九 33 このたびハどんなむつかしやまいでも うけよてたすけかでんをしゑる 九 34 これからハたしかにやくみゆてきかす なにをゆうてもしよちしてくれ 九 35 という訳で、私は元を知らせるという事は、「かでん」、「やくみ」であること「かでん」、「やくみ」ということは「つとめとさづけ」にあると悟りました。つまり「つとめとさづけの実践」が、よふぼくの使命であると思うのです。 |