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立教167年9月18日別席順序運び並びにウガンダに於ける布教所設立のお願いで泉東分教会参拝 会長様より眞誠ウガンダ布教所と御命名戴く!
立教167年9月25日おさづけの理拝戴、
センピジャ:Vincent Frerrio Bamulangaki Ssempijja
ポキノ:Joseph Mugerwa Harvey
2名!
当日は天理市山田村にて観月会があるので、その待ち合わせのために天理駅に居りましたら、天理教視力障ガイ者布教連盟のおつとめ学びを終えた方々と駅前でお会いしました。大阪支部長の胡麻先生が「私は大腸がんの疑いがあるのでおさづけお願いします」そこで、ウガンダのお二人が初めてのおさづけをお取り次ぎ、胡麻先生には、センピジャさんがさせていただけました。
後日談10月25日胡麻先生は大腸癌ポリープ検査の結果良性と判明。大腸癌は消えた!
立教167年10月31日山崎所長夫妻がウガンダへ出発!泉東青年会へリンク
ウガンダから2004年11月5日のメール
今回村に帰ってくるのに、おぢばの大祭を参拝させて貰ってから3日の月次祭に間に合うようにという思いで張り切っていましたが、その反面では村に帰って1日や2日だけでは(しかも今月は平日だし)月次祭に参拝に来てくれるのも少ないかもなーという気持ちもありました。
1日午後にエンテベに着いてそのまま村に直帰して、少しでも早く村に帰ってと思っていたんですが、ドバイで飛行機のエンジンが調子悪く、出発が2時間ほど遅れ、エンテベに着いたのも夕方5時過ぎ。村まで行くのを諦めカンパラ泊。2日の昼に私としてはやっと村に帰ってきました。
2日皆が家に来てくれて、明日は月次祭だと言っていると、ピーターとセーチャはしっかりと覚えていてくれました。ただ4時ではまだ学校が終わってないけど、抜け出して来ると言ってくれます。
3日当日は昼前から雨が降りました。家の掃除や洗濯などで水が欲しいと思っていたところで恵みの雨でした。ちょうど今は雨季なので、期待したとおりの大雨が降ってくれて、雨が降り出して直ぐにドラム缶から水確保が出来るほどの勢いでした。
2時過ぎには雨はやみ、午後4時より、立教167年11月の月次祭をつとめさせて頂きました。おつとめは暑すぎずに程よい雨上がりの晴れの中でさせて頂くことができました。
子供達もおつとめに来てくれて、賑やかにつとめさせて頂けました。ムテビ(村長)は今月も来てくれました。プリンスは笛を練習中であまり吹けないながら一生懸命吹いてくれて、分からなくなったら本を見て唱和してくれていました。ムテビも唱和しようとプリンスの本を見ていました。ちゃんぽん、太鼓は相変わらず皆が競い合ってやってくれました。
11月3日今月は前半をつとめさせて頂きました。
役割は ておどり=敬充 拍子木=美江
ちゃんぽん 太鼓1 太鼓g2 笛
三座 ジェームス ジョージ アレックス(裏の) プリンス
よろづ〜3下り目 セール カトンゴレ アレックス プリンス
4〜6下り目 ルーシ フラスコ ジョージ プリンス
でした。
おつとめ参拝者は34人(大人2人、子供32人)でした。
おつとめの途中、セーチャは学校を抜け出して来てくれていました。(直ぐ学校に戻っていましたが)おつとめが終わった頃にピーターとアリも学校を抜けて来てくれました。
おつとめが終わって記念撮影をして、お下がりのカステラを配る頃でしたが、前を通った中学生も10人くらいがちょろっと参拝に来てくれました。
今月も大変嬉しい月次祭をつとめさせて頂くことができました。ありがとうございました。
夕づとめには25人が来てくれました。
4日、ポキノファームにカワンダのDr.カイーズィが来ました。ポキファームの様子をチェックする為です。だいたい良いけど、もっとマサカの農学者に見せながらと言っていました。月曜日にカワンダの様子を見に行く事になりました。
ポキファームでの実験の様子は、EMと牛糞などの堆肥を使ったところが特別育ちが良いです。何もしないところや、化学肥料のところは育ちもイマイチ・・・・EMの良さを見るためには良い感じです。
といった感じです。 この週末は家と荷物の片付けと畑仕事をする予定です。
5日フランシスから電話があり、11月27日にントゥンガモにムセベニ大統領が来ることが決まったそうです。なのでそこで救急車の贈呈をするから日程を空けといてということです。
ポキノさんとフランシスが連絡を取っています。ポキノさんはセンピジャも一緒に行くように話をすると言っています。たかみつ
2004年11月14日のメール
11月8日
日本へ行く前に申請中だった私のワークパミットは、8月には出来てるからという話でした。それで今度ウガンダに戻ってきた時にイミグレーションに来ればいいとの事だったので、イミグレーションへ。時間が経っているのと字が汚いのとでリストから自分のファイルナンバーを探し出せず・・・別の部屋でファイルを探して貰って、銀行振り込みの用紙を貰う。銀行のレシートと前回ワークパミットを取った時のエントリーパミットの用紙を持って来いという事だったので、あぁ、銀行で振り込んで一週間後にレシートが貰えて、それをイミグレーションに持っていって一週間後、あと二週間かかるんだろうなと思って銀行へ行ったら、30分後にレシートが出る。
エントリーパミットの紙があれば今日中にでもイミグレーションへ持って行けたのですが、その紙が必要な事を知ったのが今日。村でファイルの中から探さないといけないので、結局来週だなという感じです。
その後大使館へ美江の在留届を出しに。ムシシ君のところへ溜まっていたダイヤルアップの支払いに。ムシシ君は前に言っていた通り外国に行っていていませんでした。
夕方フランシスの所へEM1を届けに行きましたが、フランシスはまだ帰ってきておらず、奥さんに渡しました。
今日はカンパラ泊です。
11月9日
救急車の写真を送るためインターネットカフェへ。

昼は鉄本さんのところで。柏田さんにも会いました。柏田さんは一週間ほど日本に行っていて、昨日帰ってきたところだったそうです。一週間いなかったので帰ってきて早々溜まったメールや社内の書類の処理で大変だと言っていました。73歳ですが元気です。
9月に一時戻ってきた時からハイラックスのパワステが利かなくなり、町中を運転するのも大変な思いでしていました。お陰で、腕の良いトレーニングになりましたが。そんなんで午後はナカワの職業訓練校の自動車セクションへ行きました。パワステベルトが緩んでいてまったく利かなくなっていたので、調整しようとボルトを回したらボルトが折れました・・・ これは直すのにちょっと時間がかかるので明朝9時に出直すことに。ハンドルはメチャクチャ重いけど乗れるので、買物をして村へ。カンパラにもう一泊とも思ったのですが、村に帰ればワークパミットの書類が持ってこれるのでそうしました。
村へ帰りしな、車のクーラーをつけるとウィーンという音がする事が判明。また別の問題発生か?と・・・
家に着いたのは9時頃でした。
11月10日
6時半出発。の予定でしたがちょっと遅れ、50分ごろ出発。9時過ぎにナカワに着いて車を預ける。12時頃電話でチェックしてくれとのことで、タクシーでイミグレーションへ。パスポートと書類を提出。これで来週にはワークパミットが取れると思って行ったら、今日の4時に来いと。たいがいいつも来週来いと言われていたのでえって感じでした。
時間があるのでジョフリーのところに挨拶がてら時間つぶしに行っている時にフランシスから電話があり、ムセベニさん忙しいので今月の27日はントゥンガモには来れなくなり、1月の16日に延期になったそう。私としては延期になって良かったといった感じでした。まだウガンダに戻ってきたばかりで、落ち着く間もなく代表御一行の受け入れなど、バタバタしっぱなしになると思った事と、代表御一行も日程に余裕がなく、ゆっくり出来ないまま直ぐに日本へ帰るような日程だったので、体力的なことも心配でした。これでちょっとはいろいろと落ち着いて取り組んでいけるので、変更が有って良かった思います。
昼にナカワに戻ってみたらまだ修理は終わっておらず。折れて中に残ってしまったボルトを出すのに時間をくっているらしい。結局修理が終わったのは3時半。
クーラーを入れた時の雑音は、室内(ダッシュボード)の裏のところのファンのフィルターのところにビニールなどのゴミが溜まっていた為でした。犯人は鼠。ガレージに置いて日本に行っている間に、せっせといたずらをしてくれていたらしい・・・ウォッシャー液のホースも食い千切られていたし、鼠は車にとっても油断できない大敵であることを知りました。
ハイラックスも元気になり野菜を買ってイミグレーションへ。行ってみると本当に出来ていました。ワークパミットもNGO登録更新の都合で4月から申請し、随分と待たされていましたが、最後はなんだかあっけなく貰えちゃいました。
帰り足になって、藤さんのところへ寄りました。藤さんはおらず、悦子さんと菊池さんにご挨拶して、日が暮れるまでに村に帰りたかったので早々に失礼しました。
家に着いたのは6時45分頃。家に近づいてきたらジョージら近所の子供達が大喜びで出迎えてくれました。こういうのが嬉しいところです。美江から聞いたのですが、子供達は車が見える前から、車の音を聞いてムソケが帰ってきたと言っていたそうです。音で分かるとは凄い。
11月11日
今日はカリロのビヤナという村へEMの説明に。
ムテビにはEMの今の現状でセミナーは公式には出来ないから、個々の口コミならEMを伝えても大丈夫だよと話してありました。彼はそれを守って、EMの説明をしたようで、EMを使い出したのは30人くらいになっています。その中の1人のところです。
そこは家も立派で、豚小屋がしっかりと出来ていました。規模は20〜30頭くらいですが、設備としてはセンピジャのところよりいい感じでした。
EMが使える話をしながら見て回って、先々週ムテビが作ったEMボカシのチェック。良く出来ていたので餌にするための指導をしました。
それと村で多いのが健康のために飲んでいることです。活性液を飲んでいるという人が多いのにビックリしました。日本のEM病院でEMー1で充分効果が出るという話を田中先生から聞いてきた話と、飲むんならEMー1にした方が良いという事を話しました。(活性液の場合発酵が上手くいかなかった場合も考えられるので、念の為)
ムテビが地道に着々とEMを広めていてくれていることが分かった日でした。
11月12日
センピジャに会おうとマサカへ。電話をしても繋がらないのでオフィスに行ってみましたがおらず・・・なかなか会えません・・・
マサカでガス、家の中の整理用のサイドテーブルのようなものなど買物。ごった返している荷物がちょっとづつ整理されてきました。
11月13日
机の上の本や書類が片付かないでしょうがないので、机の上に置く本棚を作る。これで荷物の整理にめどがついてきました。あともうちょっと細々したものを整理して。 午後は水汲み。
11月14日
ここ一週間は雨が降りませんでした。雨を期待しすぎなのでしょうか・・・
2004年11月23日のメール
こんばんわ。 ムソケは20日一時回復しましたが、案の定、昨日21日の午後よりまたまたマラリアになりました。熱と頭痛にノックダウンされ、今、寝ています。
おさづけを取り次がせて頂き、御供さんも頂いたのですぐに良くなるとは思いますが、経験上、明日、明後日はこのままだと思っています。なので、19日、21日は私がおつとめの真をさせて頂きました。太鼓もちゃんぽんも子供達がしっかりやってくれるので助かります。それでも、こちらでのよふぼくの足りなさを感じました。今週からけいすけくんが来てくれますが、林さんにも出来る限り早く来てほしいと願うばかりです。
ありがたいことにムソケが寝込む前に雨が降ってくれたので、水の確保はできています。今朝も少し降ったので、その水でたかくんの汗で湿った服を全部洗濯できました。汗をいっぱいかくので次から次へとTシャツを取り替えています。
畑には今、大根、白菜、ナス、枝豆、にら、小松菜、ジャンジャーロが植えてあります。こっちに着いた当初は雑草が生い茂る荒地のようでしたが、今では見栄えもかなり畑らしくなりました。そういえば、コーヒーの木とアボカドとカッサバも植えてあります。
自分で作ったものを食べられる日が待ち遠しいです。 よしえ
立教167年、2004年11月28日のメール
11月18日
午前中から昼過ぎまで畑仕事。大根、白菜の間引きをし、別にまた畝を作って、間引きしたのを移植してみたりしてみました。昼からは裏口出た直ぐのところにねぎ、ニラなど料理する時に手軽に取ってこれるような畑を作りました。ここの土は赤く、掘れば細かい石がいっぱい出てくるような土なので、畑にする分を掘り込んで、そこに畑の土と、前に作った堆肥を混ぜて入れて作ってみました。
3時頃ムテビが来て、もうボカシがなくて、作りたいんだけど、米ぬかが・・・と。米ぬかはこの間マサカで買っておいたので、そのままボカシ作りに突入。子供達も10人くらいが手伝ってくれて、賑やかにボカシ作りができました。
子供達が手伝いながら、ボカシの作り方を覚えていく感じというか、勉強して頭で学ぼうとするのとは違った、体で覚えていく感じって好きだなーと思いました。
11月21日
今朝起きてそんなに調子も悪くなかったので、今回は大丈夫かなーとちょっと安心し、家の倉庫整理などをしました。が、しかし、やっぱりマラリアに・・・午後からまたしんどくなり、熱が・・・セーカの父ちゃんのところにおさづけしに行ってきて、帰ってからまたダウンしました。
11月22日
マラリアでしんどく一日中ぐったり。
11月23日
マラリアで・・・
夕方からちょっと起きれるようになってきました。ので今日は夕づとめに出席。夕食も食べれるようになりました。
11月24日
今日はまぁまぁ体調もいい感じでした。野菜が無くなったりしたこともあり、マサカへ買物に行く事にしました。それでセンピジャにまだ会って挨拶も出来ていなかったので、行く前に電話をしてみたら繋がりました。ルカヤにいるということだったので、まずルカヤへ行って、その後マサカへ買物に行く事に。
センピジャもマラリアでまるまる先週一杯寝込んで、カンパラで入院もしていたそうです。それで復帰してきたばっかりなので、まだ半日働いて半日は休むといった感じで、徐々に体力を戻していくと言っていました。
それで、センピジャが日本から持っていけなかった物で私が持ってきたものなど、渡すものを渡して、結婚式の写真を見たりして、カブーカ工事を始めていく事、センピジャがした初おさづけのことなどをはなしました。
それで最後におさづけを。このおさづけもセンピジャの方から帰る前におさづけをという事ででした。マラリアだったからそのおさづけかなと思ったら、よくセレモニーや集まりなどのでキリスト教で感謝と今後の発展をお祈りをして締めくくるような感じの意味でした・・・おさづけはそういうのでは無いんだけど・・・とは思いましたが、センピジャの方から言ってくれた事、神様にお祈りをという信仰心を忘れていないことが、嬉しかったのと同時に素晴らしいことだなと思いました。
帰ってからセーカの父ちゃんのところにおさづけしに行く。最初に渡した御供さん3服は無くなっているので、御供さんをもう2服持って行きました。
11月25日
まだ回復したとは言えない状況で昨日ルカヤ、マサカに行ったりしたので、今日は動く事はしないで、片付いてない書類とかの整理をしようと決めて、のろのろと整理などしていたら、カルングのLC3チェアマンが訪ねて来てくれました。
センピジャにも挨拶できたし、さていよいよカルングのLC3チェアマンにと思えるようになったところで来てくれたので、すごい良いタイミングで来てくれたなーと思いました。
そして12月8日にカブーカ工事開始のちょっとしたセレモニーをする事になり、カルング サブ カウンティーとして、道路事情を良くしていきたいこと、特にユース対象にエイズ予防のセミナーなどをしていきたいなど、今後やって行きたいことなどを話しました。
今日もセーカの父ちゃんのところへおさづけしに。
11月26日
今日は明日佳祐がくるので、佳祐用の寝床の準備。
セーカの父ちゃんのところへおさづけしに行ったのですが、おらず。
11月27日
今日は佳祐がアカンバ バスでケニアからカンパラに着く。ということで出迎えにカンパラへ。
バスはその時その時によっ到着時間がまちまちになるのですが、9時〜10時頃着くだろうから、9時頃カンパラに着くように出ましたが、アカンバ バス発着場に着いたのは9時20分頃でした。車を停めて中に入って行ってみたらいました。9時10分頃着いたそうです。
食料など買物をして、昼食を食べてから村へ。
村に帰ると相変わらず子供達が集まってきてくれましたが、今日は土曜日ということと、新しい日本人が来たので、少し多めに集まってきてくれました。
荷物を降ろして一息入れていたら、裏のアレックスがおばあちゃんがマラリアだ、と。よしじゃあ行こうかと行って、先にセーカの父ちゃんのところへ行ったのですが、マドゥーカにいるから呼んで来てくれるということなので、先に裏の家に行ってまた戻ってくるよといって、裏のおばあちゃんのところへ。
佳祐も一緒に行って添い願いをしてもらいました。今日はその他に子供達8人のお供?と一緒に行かせて貰いました。
セーカの父ちゃんのところへ戻っておさづけを。良くなってると言っています。
立教168年、2005年7月9日
9日、久々に生活用水を確保出来るだけの雨のご守護を頂きました。
5月の終わりに降ってからは、6月の半ば頃に1回降っただけで、ずっと雨は降らず、確保した雨水を節約して使っていたのですが、いよいよ水が無くなりマサカに買いに行った翌日でした。
うちでは生活用水としては一度に最高700リットルくらい保存出来るのですが、マサカから買ってきたジェリカン10本(200リットル)以外のタンク、ジェリカンがいっぱいになり、これでまた当分は生活していけます。ありがたい雨でした。
立教168年、2005年8月10日近況報告
●前に紹介したビヤンシ(32歳)の事。
思い返してみると、ムウェルカの方を歩いて回って帰りのチタビヤマを歩いているときに話しかけられたのが最初の出会いでした。その時には日本語を習いたいようなことを言っていたので、うちにおいでと言っておいたら本当に来たのでした。そこで前に紹介したように、日本に行きたいんだけど、その費用を作るのに土地を買ってくれないか?と言うのに、うちとしては天理教の教えを学びたい人なら何か手助けが出来ると思うけど・・・まずはおつとめにおいでと言ってから、続いて来てくれています。歩くと一時間ほどのところから、よく朝づとめに通ってくれています。最近では第二節の手がイマイチ覚えられないから教えてくれと言って来たり、おつとめやパンフレットの英語を中学生の子供とかを使ってルガンダにする努力をしてくれたりしています。
そしてよくお供え物を持って来てくれます。マトケ、パパイヤなど。最近、月次祭の直会にマトケを薄切りにして揚げるマトケチップスを定番のように出しているのですが、全部ビヤンシが持って来てくれるマトケです。これがいつもタイミング良く、月次祭の時期に合ったときに持って来てくれるのです。
また、ちょっと前にビヤンシの家に行った時には、ご飯を用意してもてなしてくれ、近所にも紹介され、ムウェルカ方面に行く時によるおさづけ先まで出来ました。その時にはパンフレットを渡しておけばそれを見て、天理教になりたい人が来るようになるよ。といったことを言ってくれました。日本語の勉強も林さんを先生に頑張っています。最近はケニアにマトケを売りに行ったり、日本へ行く費用を稼ぐのに頑張っています。現在1500ドルくらい貯まっているそうです。
●5月6月はカンパラに出るのが多かったり、体調崩して休んだりで、おさづけに出るのが少なかったのです。そしたらおさづけに通っていた何人かが6月に続いて出直していました・・・
井戸方面の104歳の爺ちゃんペドロ キバソ、5月におさづけに行った時、マラリアで体調悪くなっているときがあり、親戚が何人か集まっていました。そのときはおさづけをし、高齢だから大丈夫かな?と心配しながら、次に行くのに日が経ってしまってたのですが、まだ生きていました。6月にカンパラから帰って来る時に、キバソ家の辺りで人が集まっているのを見かけたのですが、その日はセンピジャが来てくれていたので、急いで家に帰る途中でした。その2〜3日後に井戸方面に行ったら出直していました。あの集まりは葬式の集まりだったようです。それでお墓に参拝しました。それまでキバソ家ではキバソともう一人くらいおさづけする程度だったのですが、キバソが出直してから子供や赤ちゃん、若めの母ちゃんたちにおさづけをするようになり、8月の月次祭にはここの子供も二人来てくれました。
チャト方面では100歳のばあちゃんナーシダ ムカーカカボと、半身不随だったアネット ナースブガ(27女)が出直していました。アネットは前に月次祭に誘ったら行きたいと言っていただけに残念です。
●うちを尋ねて来てくれる人。
たまにおさづけをして貰うためにうちを尋ねて来てくれる人が出てきました。
夕づとめが終わった後に、おばあちゃんがおさづけしてくれと、杖をついてヨロヨロとしんどそうに背中、腰、足が痛いからと来てく、おさづけをしてから帰って行きました。家はどこかと聞いたらプリンスの家の方という事でした(1kmちょい位)。歩く姿を見ると、良くここまで来てくれたなぁと思っていました。数日後に井戸方面におさづけに行った時に、井戸の前のおばちゃんがおさづけして欲しい人がいると言って連れて行ってくれたのが、先述のおばあちゃんでした。実はちょっと前に、井戸前のおばちゃんが、痛いなら日本人のところにに行けと言っていたそうです。井戸前のおばちゃんも結構色んな病人を紹介してくれます。
またある日の夕方、ムテビがおっさんを連れておさづけをと来てくれました。おさづけを取り次ぎ、ちょうど夕づとめの時間だったので、おつとめをして帰りました。AAAカップをしたグランドの近くに住んでいるということで、こっち方面に来たときにおさづけしにいく事になりました。
またある日は、おばちゃんが子供を連れておさづけをして欲しいと来てくれました。何処に住んでいるのか聞いたらブコマンシンビと。ブコマンシンビは隣のカウンティで、何キロも歩いて来てくれたようです。渕和でたとえたら、荒川の向こうから来てくれたという感じでしょうか。驚きました。
一昨日は僕がいない時でしたが、チャトの方から子供を連れておばちゃんが来てくれたそうです。前にもチラホラとおさづけして貰いに近所以外から範囲が広がって来てくれるようになっていましたが、最近結構遠くから来てくれる人が出てきたのにビックリしています。
●おさづけはやっぱり効いてるようです。
ルガンダがちょっとづつ分かるようになって来たから気付くようになったことです。おさづけに行く先によって、丁寧にゴザとか敷いてまじめに受ける所や、おさづけをして貰うのにちゃんと手を合わせて受ける人(おたすけ隊の人や美江がそう教えてくれた)が増えている一方、人がおさづけしてるのにまわりでぺちゃくちゃ喋っているところも多いのですが、その喋っている内容が、「お前もクサバ(おさづけの事)して貰え」「それで治るのか?」「治るよ。私は前にクサバでムスッジャ(マラリア)治った」とか「私はセニガ(鼻かぜ)治った」とか話している事があります。これが一回だけじゃなく、ルワンガの方だったり、カロケロの方だったり、チャトだったり、チタビヤマだったり、結構多いんです。話してる内容が分からないときは、人が真剣におさづけしてんのに何ぺちゃくちゃ喋っとんねん。とか思っていたのですが・・・しょうもない事喋っているのもまだ多いですが・・・
ガヤザのウィルソン チェユネ(4男)はたぶん脳性麻痺(医者がポリオではないと言っているとお母さんが言うので)は、最近僕を見て笑うようになりました。分かってくれているようです。この間はオリオティア(how are you)と声 をかけたら何となくジェンディと答えてくれたっぽい事がありました。お母さんもちょっとビックリしていましたが、それ以外はまた答えてくれてはいませんが・・・
ムウェルカのおばちゃんナクーング ンモレは自分の腰が治ったので、張り切って病人を集めたり、自分の知り合いをどんどん紹介してくれ、僕を連れて行ってくれます。前会長さんがいる頃とその後少し、車で行かせて頂いた時にどんどん連れて行かれ、車は使わずに歩きだけにしてからも、たまにボーダーボーダー(バイクタクシー)に3人乗りして行ったり。それもボーダーのお金はおばちゃんが出してです。それで行く先で私は腰が治ったとか、兄さんのお腹が良くなったとか話しまくってくれます。
ムウェルカでは喋れない女の子ナズィワ ジャスティン(10女)が、半分言葉になったような感じで喋るようになって来ました。この子は一度ムウェルカから先の2〜3時間一緒に歩いてくれました。
井戸前のおばちゃんナルレ ジラリダも色んなところを紹介してくれ、おさづけに行く先が増えています。僕は病人いるか?と言って捜し歩く事はほとんどなく、いつもおさづけに行って、その先でおばちゃんや子供に連れられておさづけに行く先が増えているのですが、このおばちゃんのお陰でかなり広範囲になっています。ムウェルカもこのおばちゃんが連れて行ってくれたのから始まったし。
また、おさづけの理の効能もそうですが、おさづけに歩かせてもらっている事がにおいがけになっていたりしているのですね。ちょっとづつそんな事を肌で感じるようになってきたようです。
●朝づとめ
朝づとめにセーチャ、ビヤンシが来てくれるようになって、まなび、おふでさき拝読を始めました。朝づとめの参拝者が出来て嬉しく思っていたら、7月に入って裏のジョゼフとアレックスがたまに朝づとめに来るようになりました。7月後半にはひょっこりとアンジェロが来て、その後カサウリ、アンジェロ、ムグラの三兄弟も朝づとめに来るようになりました。この三兄弟は鳴り物のセンスも良いし、朝も夕も来てくれる様になってきました。朝づとめに10人くらい来てくれたら良いなぁと思って、拝読するおふでさきを10冊用意して出していたのですが、7日の日曜日は9人参拝に来てくれて、僕、美江、林さんもいるので始めて出しているおふでさきが全部使われました。
ジョージ、ジェームス、ジョゼフも土日の朝づとめには来てくれるようになって来ました。
●ひのきしん
この話をする前に前会長さんご夫妻にお詫びしなければなりません。神殿予定地の土削りをムゼーに頼んでして貰いました。カブーカ工事に使うようにチェアマンにと言ってもらった時に直ぐにチェアマンに連絡が取れていれば、もしかしたらムゼーに頼むお金が浮いたかも知れないので・・・(ただ、カルングはだいたいその時期で工事を終わってしまっていますが・・・)
下の家から一段か二段上がったくらいのレベルで土を削って平らにしました。今は削った土地全体に土が山盛りになっています。かなりの量です。
この土をカブーカに運び道路をもっとまともにするのを、土日の午前中ひのきしんですることにさせて頂きました。言いづらいのですが、カルングがした工事はこれじゃあちょっとひどいよ。という具合でもあるので、手直しをするつもりで始めました。
最初はセーチャを誘って始めたのですが、子供たちが張り切って手伝ってくれます。子供が集まりすぎて、今回は誰が行く、お前は次といった感じで賑やかにさせて頂いています。
カサウリ、アンジェロ、ムグラ、裏のアレックス、ジョージ、ジェームスたちは、土日の朝づとめには土運びひのきしん目当てに張り切って来てくれるようになりました。
カブーカで通りがかりの人おっさんが一人手伝ってくれることもありました。
このひのきしんの作業として、カブーカで車のすれ違いが出来るように綺麗に仕上げているのですが、「これは綺麗に工事してる。前のカルングの工事で働いたやつは無駄に金を食い潰した」
と言う人がいる。とか、「ムズングはこういう作業をしないと思っていたし、ムズングがそんなことをするのは見た事が無い。ムソケはなんか違う。」と言っているとプリンスが教えてくれました。プリンスにひのきしんの説明は上手く出来ませんでしたが、だんだんとプリンスに説明して、村の人にも(特に大人)ひのきしんの心が芽生えてくれればいいなぁと思う今日この頃。
ところで、プリンスは色んな事を感じてくれています。プリンスは良く来てくれるし、お道の事や日本語などゆっくりと、でもまじめに学んでくれているし、プリンスとはお互いにつたない英語で一生懸命まじめな話などをする機会も多いから色々聞けるのですが、うちに来る子供たちは謝る事を覚えたとか、マナーが良くなってる。他の子とはだんだん違ってきてるという事、ここに来る子供たちは絶対良くなるね。ビックリしているとよく言ってくれます。プリンスがうちによく来るからそういうことも感じるんだろうなと思いますが、プリンスの感受性の強さにいつも感心します。プリンスも将来が楽しみです。
近頃こんな感じです。たかみつ
8月29日 鼻汁はまだ治まらず、あおっぱながズルズルと出てきていて、僕の少ない脳みそ無くなるかと思うくらいです。そんな中25、26日にカンパラに行って帰ってきたら、下痢とかなりの胃の痛みが・・・27日に休みながら、やっぱり今月あまりおさづけにまわれてないからなぁと思い、明日は何が何でもチャトに行こうと決めたら胃痛が治まってきました。で、28日の午後、下痢を心配しながらもチャト方面におさづけに行かせて貰いました。便意ももよおさず、無事に行って来れました。鼻汁はまだ出ていますが、それ以外は好調になりました。
今日29日は22日実働推進の会で行ったカリロへ。
今日はうちからは僕一人、ムテビと二人で行ったのですが、おばちゃんたちが結構集まってくれて、16人におさづけを取り次がせて頂き、親神様は天理王命といい、元の神様、実の神様ですという話をさせて頂きました。これもムテビがルガンダで説明してくれました。
こんな風にいろいろとおたすけ先をお与え頂いていて、本当にありがたいです。
今子供たちとひのきしんで運んでいる神殿建設予定地の土ですが、まだまだいっぱいあり、どれくらいかかるものかと思っていたのですが、この間ビヤンシがタンザニア、ケニアから帰ってきて朝づとめ参拝に来てくれた時に、一度ダンプを借りて土運びをしようと言ってくれました。
カルングにダンプを持ってる人を知っていて、ダンプなら土を下ろすのは自動だし、と。
そしてなんと、ダンプを借りる費用の半分くらいは自分が持つからというのです。日本へ行くお金を頑張って稼いでいる最中の今、自分もお金を出すと言って提案してくれるなんて、ビックリしたのと同時に、その気持ちがたいへん嬉しかったです。ダンプは一日70,000シリングで燃料は別という事でした。9月に入ってから日を決めて、一度土運びさせて頂こうと思います。それと、初めてうちにビヤンシが来た時に、日本行きの費用にしたいから買ってくれと言っていたカルングの4エーカーの土地でも、EMのデモンストレーションに使っていいよとも言ってくれました。
立教168年10月31日 近況報告致します。
9月の初めから子供達が朝づとめにも参拝に来てくれるようになってきて、殆ど毎日誰かしら参拝に来てくれます。朝づとめには、三座のおつとめの後まなび1下り(土日はよろづ)、おふでさき拝読(1ページづつ日本語と英語で)をさせて頂いていて、最近は最期に今日一日の心定めを日本語、英語、ルガンダ語で読んでいます。ルガンダ語レパートリーが少しづつですが増えています。
特に土日の朝づとめは賑やかにつとめさせて頂くことが多くなってきました。それと、普段見かけず初めて見る顔の子がたまに夕づとめに参拝に来てくれる事が増えた気がします。どこに住んでるのかを聞いてみるとブセケの子が多く、日曜日の夕づとめが多いです。おつとめの時間に来て、おさづけを取り次ぎ、おつとめが終わると帰っていくのです。これもまたありがたいなぁと思っております。
プリンスがよろづよ八首のておどり練習をしています。
一回の練習で一首ずつ、プリンスが夕づとめにきた時の夕づとめ後にしていたので一ヶ月ちょいかかって、一応よろづよ八首の練習を終えました。
このよろづのておどり練習はプリンスが教えてくれと言って始まったのですが、八首目の練習をした後に、何故よろづのておどりを練習したのかという説明をしてくれました。プリンスが説明しようとした状況はイマイチ掴めなかったのですが、プリンスの友達が前に皆からお金を集めてマサカかどこかに行って、ダンスをしたとか何とか・・・何かの催し物なのか、集まりなのか良く分からなかったのですが、とにかく今度プリンスもそこに行きたいということでした。そしてそこに行ってよろづよ八首を披露したいんだという事でした。それでプリンスがよろづよ八首を上手く出来れば、そこで天理教に興味を持つ人が出て来るかもしれないから。と。つまるところにおいがけに行くんだとちょっと照れながら行ってくれたのでした。
プリンスの意気込みが嬉しい限りでした。
8月からカリロ(家から約8kmマサカタウンの方に行った所)に月3〜4回のペースでおさづけに通わせて頂いているのですが、10月27日に行かせて頂いたときに、
エルファージ キワヌカ 男81歳 老衰で寝たきりのおじいさんにはいつもおさづけを取り次いでいました。今までは寝たきりとは言っても挨拶などは結構元気にしていたのですが、この日はかなり弱っていて、僕が来たことは分かるけど喋る力はないという状態でした。近くの医者(こっちの人にとっては日本の感覚で言う町医者なのでしょうが、しっかり勉強はしてないけどちょっと知識があり、村で薬を置いていてちょっとした治療をしている人という感じです)も来ました。
いつもこのおじいさんの家にカリロの人が集まっておさづけを取り次がせて頂いているので、おじいさんにおさづけを取り次いだ後、おばちゃん達におさづけの取次ぎをして一段落してから、おじいさんの息子のルチャームズに、今まではゆっくり回復に向かって行くようにお願いしていたけど、今日は3日の内に病状に変化を見せて下さいとお願いしたから、3日のうちに病状に変化が現れるよ、だからそれまで、私も神様にお願いのおつとめをするから、あなたも朝晩太陽に向かって天理王命と21回唱えてくれるように、そして3日後の30日にまた様子見に来るからと話をしました。
それで、3日間深夜のお願いづとめをさせて頂いたのですが、30日の朝づとめにムテビが来てくれ、朝づとめ後に、昨夜ラジオでエルファージが出直したという放送があって、今日の4時から葬式だと教えてくれました。
いつもおさづけの取次ぎで日を区切らずにしていて、しかも言葉の問題もあるのでとにかくおさづけを取り次いで神様任せ。だんだんと、おさづけだけでなくお話の取り次ぎも出来るように言葉の勉強はしていくけれど、現状はとにかく数をたくさんするしかなかったのですが、おさづけの取次ぎは3日単位で日を区切って取り次ぐものと教えて頂いておりますので、せめてシリアスな病気の人のときだけでも、日を区切って、その間たすかって貰えるようにお願いづとめとかおたすけ人の真実というのを尽せるように頑張っていこうという意気込みで、今回初めて相手に3日の内にといった話をしたのですが、結果、見事に3日の内に出直しというご守護を頂きました。これで私がおさづけを取り次いで出直した人は、自分で知っている限りで10人くらいになりました・・・
私といたしましてはかなり気まずかったのですが、これくらいでへこたれてもしょうがないと自分に鞭を打ち、基礎講座の英語版のかしもの・かりものと出直しのところをプリントアウトして用意し、ムテビと一緒に葬式に臨んできました。葬式では息子のルチャームズと故人の奥さんに挨拶をして、死に際はどうだったの?と聞いたら、苦しんだ、と・・・せめて苦しまずに出直してくれていたらもうちょっと喋りやすかったのにとこれを聞いたことを後悔しつつ、死は終わりじゃないよ。と続けたら、彼も、そうだ、死は終わりじゃなく永遠のなんたら・・・あぁやっぱりキリスト教のかと思いつつ、出直しだよと続け、これを読んでと用意してきたかしもの・かりもの、出直しの事を書いた紙を渡しました。次回は11月7日にカリロへ行きます。
葬式の帰り、ムテビの姪っ子がカルングヘルスセンターに入院してるということで、カルングへ。先ずはその子におさづけを取り次いだのですが、それを見て皆が私もしてくれと言ってくれ、結局入院していた人全員(10人くらい)におさづけを取り次ぎました。私の方からおさづけさせてくれと言う前に、皆がこっちにも病人がいるから祈ってくれと言ってくれるのはやはりありがたいと改めて思いました。
その中の1人のおばちゃんが病気はムスッジャ(マラリア)とマスタング・・・マスタング???よく分からなかったのですが、ムテビがいるので聞いてみると、デビルとかサタンとかそういう意味だ、と。何それと聞いてもおばちゃんはまじめにそれで弱ってるんだと言うのでした。とにかくムスッジャの方にだけおさづけを取り次いだ後に、悪魔とかそういうのはこの世に無いよ。それはあなたの心が勝手に作ってるだけ。この世にあるのは神様だけだから、そんな事は忘れて良いよ。毎月3日に月次祭をやってるからおいで、とムテビに言ってもらうと、へーそうなのか、という反応で、どこに行けばいいんだ見たいな反応だったので、本当に来てくれたら良いなぁと思う限りです。
10月の真誠ウガンダ布教所のおさづけの取り次ぎは 延べ 1,138人 1,596回でした。
教祖120年祭まであと100日を切りました。少しでも皆が道に繋がってたすかって貰えるように、右往左往しながらですが、これからも頑張ります。 たかみつ
立教168年11月18日近況報告です。
11月7日カリロに行ってきました。10月の終わりにエルファージ81歳が出直した後、初めてのカリロでした。葬式では慌しい中でちょろっと挨拶した程度だったので、7日カリロに行く前にはなかなか腰が重くなっていました。日本人に祈ってもらったら死んじゃったと思っているかも?もう祈って貰わない方が良いと思っているかも?誰もおさづけを受けてくれないのではないか?などと勝手に心配してしまって気まずさはまだ無くならず・・・頭では誰もが悪く思うものでもないし、そんな先案じをせずに神様のすることなんだから自分はとにかく続けていけば良いと分かってはいるのですが、自分自身の気持ちすら思うように落ち着かずといった感じでした。自分が言葉が出来て、出直しの事などしっかり話できるなら良いのになぁと思ってみたり・・・
とにかく思い切ってカリロへ行ったら、居間にゴザと毛布が敷いてありまだ親戚の残りが寝泊りしている様子があったので、まだちょっとドキドキしました。しかし、皆ちゃんとおさづけを受けてくれるし、おさづけの取り次ぎが終わった後には、神様は天理王の命といい、人間、世界を創った元の神様であり、神様のご守護によって私達は生きている、つまり実の神様で、神様は人間の陽気ぐらしをするのを見て共に楽しむためにこの世を作った。天理教の信仰とは陽気ぐらしに向かう道であるという、基礎講座の一部を読んで話をし、ルチャームズが簡単にルガンダに訳しておばちゃんたちに説明してくれました。
おさづけを取り次いだ1人はルチャームズの姉で大腸が悪いという事だったのですが、私は遠くに住んでいるんだけどどうしよう?と聞かれ、何と答えたら良いか分かりませんでしたが、今度ここにはいつ来るの?と聞いたら、ちょっと考えて、11月30日に来るようにすると言ってくれたので、それじゃあまたその時におさづけをという話にもなりました。
私はこの日にカリロに行く前に余計な心配をしていましたが、そんな心配はいらない、精一杯頑張ってたら良いんだなぁと、一安心致したました。そして次回は15日と約束をして帰って来ました。
現在朝づとめでは、三座のおつとめの後に、まなびを一下りづつ(日曜の朝づとめは子供達が結構来てくれるようになったので毎週よろづ)、おふでさき、今日一日の心定めをみんなで読んでいるのですが、11日の朝づとめの用意をしている時に、フッと、みかぐらうたをローマ字で書いてあるの(めくりの歌詞と言えばいいのか?)をドアに引っ掛けておこうと思いました。そうすればビヤンスィも歌を歌えるようになるだろうと思ったので。
そしたらこの朝づとめの後にビヤンシが、おつとめの歌詞の書いてある本が欲しい、そうすれば少しずつ覚えていけるからと言ってきてくれました。
この後に、前にビヤンスィと日本に行く事について話した事、自分は凄く納得した。兄弟たちにはその事を話すよと言って、今回日本に行ったらどこで天理教の勉強をするの?と聞いたので、おぢばの写真を見せてここでするんだよと話しました。
前にビヤンスィと話したこととは、
”ビヤンスィは日本に行ったらお金を稼ぎたい、けれど不法滞在とか法律に触れてしまう行き方はしたくない。という事だったので、働きたいなら働けるビザを取らなければ皆違法になるよ。だからその手伝いは出来ない。けれど、もうすでに分かっているけどうちは天理教、天理教はこの世の真実を教えていて、真実に沿っていない事は将来行き詰る。人には徳の器があって、お金が入るのも物事がうまく行くのも、全てその人の器の大きさによる。この器を大きくしなければ何やっても上手く行かない。器を大きくするにはこの世の真実を知らなきゃいけない。真実を知るのは天理教を勉強する事。今回日本に行ってお金を稼ごうとする事は自分の器を潰そうとするのと一緒。だからお金のことは考えず、一緒におぢばに行って真実を勉強しましょう。それがこれから自分の器を大きくしていく最初のステップになるから。”といった話でした。
ビヤンスィはこの半年うちに通ってくれている中で、かなり少しずつではありますが、神様の話を聞いて興味を持ち、勉強したいという気持ちになってくれているのです。そしてずっと続けて行きたいと思ってくれて、しかも今では今回日本行きは天理教の勉強をして将来のための徳積みに行くんだという気持ちになっているところが、もの凄く嬉しいところです。
みかぐらうたの本は、月次祭のときはローマ字で地歌が書いてあり、横のページに英語で意味が書いてある本を渡していたので、その本の事です。この本はうちに2冊しかないのですが、色んな人にあげられるようにと前にコンピュータに打ち込んであったので、プリントアウトしたのを糸で綴じて本にしたのをあげました。前に作っておこうと思っていながらプリントアウトして本にするまで出来ていなかったのですが、それを実際にやる機会を頂きました。
親神様、教祖に御連れ通り頂いていなかったら、こうはなってこないだろうなぁと感じる今日この頃です。もう一つ話があるのですが、また追って報告します。
11月20日 近況報告です。
ムテビの子供のセカタワ ジョゼフ6歳に、ブガンダの王室で小学校から大学まで通えるようになるチャンスが出来たので、その申請するのに写真が必要だから撮って欲しいと頼まれ、撮ってあげました。
その時にジョゼフはムスッジャ(マラリア)で弱っていたのですが、おさづけをした後ムテビに子供の病気の原因は両親にあると教えられていて、熱は擦れ合いというから、嫁さんと喧嘩してるとか何か問題はあるか?と聞いてみました。
今まではそういった話もせずにおさづけの取次ぎだけだったのですが、ムテビは毎月月次祭に来てくれているし、私達が病人におさづけを取り次ぐといった事を他の人にも広げてくれたりもしているので、も一つステップアップで何か話しをしてみようと思ったのでした。
私は子供の病気でも何でも神様から何かのメッセージだから、それを考えていける様にと思って言い出した事だったのですが、私がムテビに聞くときにファイトという単語を使ってしまったので、ムテビはそんな事は無いとその後の話はちょっと熱くなりがちになってしまいました。私としてはちょっとした意見の違いとかを含めるつもりだったのですが、ムテビは殴り合いとか激しい喧嘩と受け取ってしまったのでした。
そこでムテビは、
じゃあ天理教としてはどんなアドバイスが貰えるのか?
と聞いてくれたので、
なんと言っても先ずおつとめをする事だよ。神様のご守護に感謝出来なければ何も始まらないからね。
と話しました。
ムテビは、私は今までカソリックを信じてきたけど、あなた達との付き合いや、話、ちょっと読ませて貰った本などで、良い教えだと思うから子供達がおつとめに行くのも進めるくらいだった。お祈りは朝や夜に神様(この場合キリスト教のお祈り)にちゃんとしているし、教えを守るように頑張っていると話してくれました。
これをきっかけに、この天理教の教えは神様が始めて直接教えてくれた教えで、今までに神様が直接教えを説いたことは無い。これまで90%までは神様直々ではなく教えられてきているけど、最期の10%元始まりの真実は教えられていない。そこが特に大切なところで、それは天理教でしか教えられていないし、この教えが分からなければ世の中良い方向、つまり陽気ぐらしにはなってこないと話をしました。他の宗教も悪くない、今まではそれで人を助けようとしていたはずだから良いのだけれど、一番大事な最期の10%元始まりの真実が無いから。と。
今まで親神様の名前は天理王命と言って、他の神様とは違う事を言っているのに、そこが伝わらないのです。一神教のキリスト教やイスラム教の人は、神様の存在は信じているけれど、自分達の信じる神様だけが神様と教えられていて、そうではなく本当の神様は親神様だということは全然伝わりませんでした。私の英語、ルガンダが未熟というのもあるのですが・・・
ムテビも月次祭には参拝に来てくれているけれど、やっぱりそこのところは全く理解できていないようです。そこで、人間がどうして出来たか知ってるかを聞いてみると、ムテビは、
神様は土からまず男を作り、男からあばら骨を取り出して女を作った。二人は最初何も見えなかったが、神様から禁じられていたセックスをしたら目が見えるようになった。禁じを破った罰として女は出産の苦しみをしなければならなくなり、男は働き続けて家庭を養わなければならなくなった。そう聖書で教えられている。
と話してくれました。
禁断の果実がセックスに変わってしまっているところなどは、教えも間違って伝わってるなぁ(元々の教えなどから間違って伝わっているというのは、色んな所で感じます)と思いつつ、本当に人間が土から出来たと信じているのかと聞いてみると、
聖書でそう書いてあるのだからそれを信じている。
と。これにはかなり驚きました。日本などでは進化論でしたっけ?科学的に地球や命の歴史が解明されつつある現在、バチカンでもこの創造の話はタブーになっていると聞くのに、まだ聖書の人間創造を信じている人がいるとは・・・正直こう思いました。ムテビは村の中ではかなりまともというか学があるのですが。
この辺りではムテビとの会話もちょっと対立的な会話になっていて、あんまりこちらから言い過ぎると指摘され否定されているように感じてしまうだろうなと思ったので、なるべく聞き役になるように頑張っていたら、ムテビも何か感じたのか、でも私もその真実を学びたいとは思っているから、子供達をおつとめに来させてるという話に戻ってきました。ただ、自分は朝晩牛の世話に行かなければいけないから、朝7時のおつとめではちょっと遅いし、夕づとめももうちょっと早くしてくれないか?そしたら私もおつとめに来れる、と言うので、自分中心な考え方だなと思いつつ、でもおつとめに来ようという気持ちはある訳だからなぁと思いつつ、この場ではとりあえず、おつとめの時間を変えるのは日本に聞いてみないと何とも言えないからまずは聞いてみようということにして、この日は話が終わりました。
翌日、ムテビはおつとめには来ませんでした。そのお陰で私が気付いたのは、まず何をしなければいけないかという事でした。
時間を変えれくれればおつとめに来れると言ったのをお願いとして受け取ったつもりだったけど、それでおつとめにも参拝にも来ないというのは、取引きになってしまっている、考えようによっては俺が行ける時間に変えれば言ってやるという自分中心の高慢なことになってしまう。
おつとめの時間変更のお許しを頂こうとするにしても、何の努力もしないうちにいきなり伺うというのではダメだ。今まで頑張っておつとめに来ていたけど、なかなか厳しいので時間を変えて欲しいというのならば、相談の上変更ということも良いだろうけど、今まで来てもいなかったのに先に時間変更して欲しいというのでは、大きな間違いだという事に気付いたのでした。
しかしムテビはそれがこうまんなほこりの心遣いで、順序が違うという事を分かっていないので、私が教えてあげなければムテビにほこりを積ませてしまうことになる。ということで日本に伺うよりも何よりも、まずはこの間違いを伝える英文を考え始めました。
この英文を考え始めると同時に、もう一つ私自身の反省が見えてきました。これではムテビにどうせいこうせい言うだけになってしまう。おたすけ人として自分がするべき事は何か?という事で、おつとめの時間を変えるということ以前に、自分がもっと早く起きて、朝づとめ前にムテビにおつとめを教える時間を作り、朝づとめは朝づとめで7時からやれば良いということに至り、この翌朝から6時半に門を開け、神棚の掃除を始めました。
私自身の問題として朝が弱く、なかなか早起きできず、いつもギリギリに起きて急いで朝づとめの用意をするという状態を、前々から朝もっと早く起きて掃除などをしてから朝づとめをしたいと思っていたのに出来ていなかったことが出来るようになりました。これだけでもありがたい出来事です。
そして15日の夕づとめ、阪本さんが来ていて、阪本さんへの挨拶と一緒にカンパラでデモがあり、MP(憲兵)まで出る騒ぎになっているという情報を持ってムテビが来てくれたときに、
詳しい話はまだ英語に出来ていないから後で話すとして、朝づとめの時間より早くて良いからおいで、私がムテビに個人指導みたいな形でおつとめを教えるから。と話をしました。
その翌日からムテビは6時45分頃に来て、私と二人でおつとめをするようになりました。
上手く説明できていないように思いますが、私自身は朝早く起きれるようになるし、ムテビは朝の日参が始まり、おてふりの練習をするようになるし、本当にありがたい出来事がありました。
日本でもお願いづとめして欲しい人のリストを送りましたが、その中の、ガヤザのレッジーナ ナマウェッジェ 3歳 女 歩けなかった子が歩けるようになりました。まだちょこちょことたどたどしい足取りでしたが、歩いていました。18日に行ったのですが、これでおさづけは最期だねと言っておさづけを取り次ぎ、卵3つお供えを頂きました。3日の月次祭においでと話をしました。カレンダーを見て3日は土曜日と確認して来ると言ってくれました。ここは3月からおさづけに行くようになったのですが、今までは私が行った時におさづけを取り次ぐだけでしたので、月次祭に来てくれて、これからも繋がって行けたらと楽しみにしています。
連絡遅れてしまっていて申し訳ないのですが、前に送ったお願いづとめして欲しい人リストの中から、
●カスレ ジョン バッカブリンディ 60 男 腹下し(うちの向かいの人)、10日ほど苦しんでいましたが、ご守護頂き元気にしています。ありがとうございました。先月の月次祭の直会のときに判明したのですが、年齢は65歳でした。
●ヤコボ サーロンゴ 92 男 胸、両足痛でしたが、胸ではなく尿を管で出している腎臓かどこかの病気でした。訂正です。すみません。
●エルファージ キワヌカ 81 男 老衰寝たきり、前回報告したカリロのおじいさんですが、出直しましたので、リストから消して下さい。
カリロでもう一つ、7日カリロに行った時のことで思い出したのですが、前に3日に月次祭があるからと言っていたのをもう一度確認してくれました。前に月次祭があると言っていたのはいつだったっけ?と。それでもう一度3日の午後2時からだよと答えました。もしかしたら今度こそ来てくれるかも知れません。楽しみです。
お願いづとめリスト追加です。
●マリア ナーンズィリ 79歳 女 左半身不随
●ナマンダ ユダイ 15歳 女 唖
●ナチセーカ スコービア 38歳 女 エイズ
●ナムガンガ ファトゥマ 60歳 女 たぶん脳梗塞で左半身不随
宜しくお願い致します。
ムウェルカのベリヤノ ネースィム(7歳 男 唖)が20日お母さんと一緒にうちに来てくれました。
前はムウェルカのおばちゃんのところに来ておさづけを取り次いでいたのですが、最近彼の家を教えてもらって行くようになりました。彼の家はチャト小学校より先なので歩きだと結構遠いので、うちに来たことにちょっとビックリしていたら、ムスッジャ(マラリア)だからおさづけして欲しいと来てくれたのでした。美江が月次祭に来るように言ったらと言ってくれたので、お母さんに3日の月次祭においでと言いました。美江はよく横で、良いタイミングでこういうことを言ってくれます。3日の午後2時と確認をして帰って行きました。こちらも楽しみです。
と、教祖120年祭が近づくにつれ、ありがたい出来事が続いている今日この頃でした。
ありがとうございます。 たかみつ
立教168年11月29日
プリンスにはこの間、いつ日本に行けるか分からないけど、来年は教祖120年祭でおぢばに帰る旬だから、とにかくいつでも行ける準備をしようと話し、パスポート取得のために、その手続きに動きだしたのですが、パスポートを申請する手続きの中にLC1、LC2、LC3のチェアマンから身分を証明する推薦状を貰わなければなりません(日本なら生まれた時に市役所かどっかに登録してありますが、こちらはまだそうは行きません)。それでその推薦状を書いて貰うのに、レリジョンは何だと聞かれたのだそうです(これも日本とは違う感覚です)。プリンスはどう答えて良いのか分からなかったそうです。
そこでうちに来て聞かれたのですが、プリンスは
「前はプロテスタントの信者だったけど、今は天理教の信者と思っているのだけど、それで良い?どうしたら天理教の信者になるの?」
と聞かれました。
私は、
「もちろん私もプリンスは天理教の信者さんだと思ってるよ。だからチェアマンには天理教だと言って良いよ。おぢばに行っておさづけの理を頂いたらよふぼくという立場になるけど、天理教の神様を信じて、おつとめしたり、天理教の勉強したりしているのだから立派な信者さんだよ。」
と答えました。
自分ではそう答えつつ、プリンスとの話から、そういえば信者になるときにははっきりとした形が無いなぁと気付いたのでした。こういったことも曖昧にしておかず、はっきりするようにしていかねばと反省しました。そういえば愛町の関根先生は初期の頃入信用紙に印鑑を押して心定めをさせてからおさづけを取り次いだと書いてありましたが、やっぱりお道を通らないとたすからないから、天理教を信仰しますという約束をするとか、おつとめに来るように話し出来るようになっていかなければなぁと思いました。
昨年のセンピジャ、ポキノさんの時は、彼らが求めてお話を聞いたり、別席をふんだとはいかず、どちらかというと私の結婚式に出席するためがメインになってしまい、おぢばに行くのだから神様の話を聞きましょう、という感じで別席をふみよふぼくになりましたが、今度プリンスやビヤンスィは本来の形というか、本人が求めるから別席をふむということになるなぁと、嬉しくなりました。
私はプリンスの気持ちが嬉しくて、翌日の夕づとめの時に、天理教の信者さんの証にと言ってハッピをあげました。自分から求めての、期待の信者さん第一号です。
11月26日イガさんのところ(那美岐、男能富)のキグング集団所の月次祭に参拝させて頂きました。前にキグングに様子見に行った時に、是非月次祭に来て欲しい、いつか自分達もそちらの月次祭に参拝したいと話をして、今年中(11月か12月)に来るよと約束をしました。日本向け出発が12月中になりそうなので、11月の月次祭に行く事にしました。
うちではプリンス、ビヤンスィと20日頃に、空港の近くにも天理教をしてるところがあって、そこは現地人がやってるんだよ。今度そこの月次祭に参拝に行こうと思ってるんだけど一緒に行く?と聞いたら二人とも是非行きたいということで約束をしました。プリンスはハッピを貰った嬉しさホヤホヤでまた嬉しそうでした。25日の朝づとめに、ここんとこご無沙汰だったセーチャが参拝に来てくれ、キグングに行くことを話したら俺も行きたいと。最終的に5人で行くことになりました。
25日の夕づとめ後に出発。なんとセーチャの誕生日だったので、美江がパンケーキを焼いてくれて、車の中でハッピバースデイを歌ってケーキを食べながらキグングに向かいました。
夜10時頃キグング着。キグング集団所に泊めて貰いました。
朝づとめは7時半から。この日の朝づとめはレイモンド(よふぼく)、サム(ジャスティンさんの弟)、ベーカーの3人に、セーチャすりがね、プリンス太鼓で参加。その後朝食に紅茶とパンとバナナを。
月次祭は9時からでした。
まず最初に驚いたのは時間前から人が集まりだしたところでした。おつとめ開始前に20人くらいは集まっていました。おつとめには40人くらいいたと思います。神殿として神様を祀ってある部屋は満員御礼でした。
9時から、開扉、献饌、そして祭文(英語)に続きおつとめをしました。
三座はにはプリンスも太鼓で参加させて貰いました。
レイモンドから12下りのておどりをして欲しいとリクエストを頂いたのでさせて頂きました。レイモンドが拍子木、サムがちゃんぽんをしました。キグングで12下りしたのは始めてだそうです。
私と美江とで12下りておどり、よろづはプリンスも一緒にと誘ったら、ピヤンスィも一緒にやると言ってくれ、よろづは私とプリンスとビヤンスィでつとめました。
1下り目からはプリンスは笛をさせて貰いました。譜面は無かったのですが、プリンスが覚えてるだけで頑張っていました。笛を吹き出したらみんなに見られたので照れていたようですが。
ピヤンスィは12下り全部一緒にておどりをしてくれました。ビヤンスィの経験は朝づとめの学びの時に見よう見まねでしているだけで、練習としてはまだしたこと無いのですが、私の手を見ながら一生懸命つとめてくれました。嬉しい驚きでした。セーチャもビヤンスィが持参したみかぐらうたの本を見ながらちょっとだけ歌っていました。
おつとめの後に挨拶、自己紹介などをして終了。ゴッドフレー(ジャスティンさんの弟)の家の隣のビーチで直会をしました。
プリンスもビヤンスィもキグングのレイモンドやサムの自ら頑張っておつとめをしたりしている姿にとっても良い刺激を受けたようでした。ナブトングヮのうちだけでなく、キグングでも、しかもここはイガさん常駐ではないのでウガンダ人だけでやっているところがある。そしておぢばから帰りたてのレイモンドと話も出来るし。今回のキグング参拝はとっても素晴らしい経験になりました。
27日朝づとめ後、ビヤンスィにも改めて、天理教を信仰する?と確認したら、YES。ビヤンスィにも信者さんの証としてハッピをあげました。期待の信者さん第二号。
ビヤンスィは、まだまだ先になるだろうけど、自分だけでなく、いつか家族揃って信仰出来るように頑張ると言ってくれました。これまた嬉しかったので、一歩一歩進んでいきましょう、まずは月次祭に一緒に来れるように誘っていこうと話しました。 たかみつ
11月23日、カロケロ方面におさづけに行ったら、バディル ルワガ65歳男性、右膝の腫れで寝たきり状態のおっちゃんが、両方の穴から鼻血がでて綿を詰めていて、意識ももうろうとした感じでかなり弱っていました。このおっちゃんは3月に泉東の会長様が来られた時の実働推進の会で奥さんと一緒に行ってからおさづけに行くようになったモスリムのおっちゃんです。通っているうちに本人から聞くには癌という事でした。癌と聞いているので、これはもうやばいかな?と思ったので、この日から3日間、0時から12下りのお願いづとめをさせて頂きました。
このルワガさんはモスリムですが、お道を信仰するようになれば治るのと思い、11月の月次祭講話をムテビに訳してもらったルガンダの文をかいつまんで、「神様は天理王命、神様は陽気ぐらしをみて共に楽しむために人間を創った。身体は神様からの借り物で、借り物の身体だからこそ神様の思いにそった使い方をすることが肝心。だからしっかり天理教の信仰をしましょう」という話をしに25日にもう一度行ったのですが、枕元でこの文を読んでる間に寝てしまいました・・・
11月26日7時頃、キグングから帰ってきたらムテビが来ました。
何かと思ったら、ムテビの前の奥さんとの子供(ムビル二十歳くらい)がニェンドで働いているのですが、その彼は結婚はしていませんがナムワンジャ ローズという19歳の女の子との間に子供を作ってしまいました。赤ちゃんは今7ヶ月。この赤ちゃん(カテンダ ロジャース男)が病気で、この日に母子がムテビのところを頼って来たそうです。聞くと父親のムビルは二人を置いてどこかに逃げてしまったようで、見つからない・・・
翌日赤ちゃんを病院に連れて行こうと思うけれど、まずこの日の夜泊まるところがない。ムテビの家は2部屋しかなく、そこにすでに6人が生活していてスペースが無い。そこで一晩母子をうちで泊まらせて欲しいという事でした。そして出来れば翌日病院にも乗せて行って欲しい。と。
そこで下の家の教室の方にマットレスと毛布を用意して、おさづけを取り次ぎ泊まって貰いました。翌27日ムテビと母子を連れてビラマリア病院へ。日曜日なので初めのうちは医者がおらず、結構な時間待たされました。この時間はちょうどいいと思い、ムテビに親孝行はルガンダでどう言ったら良いかなどを聞いて、ちょっとしたルガンダ語の勉強時間になったのですが、その流れで、親の言う事を素直に聞くことが大切だよとか、そんな話をすることが出来ました。
そのうちに医者が来て、診察が終わり、入院手続きとなりました。
ここで、カロケロのルワガさんが入院している事が発覚。早速おさづけしに行かせて頂きました。聞くと昨日26日に入院したそうです。鼻、口からの出血、嘔吐、下痢、そして右膝の腫れ。ちょうど3日のお願いづとめをしたら入院になったみたいでした。このタイミングを聞いてまたまたへこみそうでしたが、とにかくおさづけを取り次ぎ、また枕元でこの間の文を読みました。今度は寝はせず、何とか聞いてくれましたが、BGM程度にしか聞けていなかったように思いますが・・・。ということで更に3日の追い願いをさせて貰いました。
入院が決まってから、まだまだ時間がかかるのと、家から荷物などを運ぶなどもあるので、一度帰って夕づとめの後にもう一度病院に行く事にしました。
夜行って、もう一度ルワガさんとカテンダ(赤ちゃん)におさづけを取り次ぐと、入院病棟は殆ど大部屋なので、こっちもあっちもと30人ちかくにおさづけを取り次がせて頂きました。おさづけ取次ぎに時間がかかり、家に戻ったのは9時過ぎになりました。
28日夕づとめの前に、ムテビは16日からずっと毎朝参拝に来てくれているので、ムテビにも天理教を信仰しますか?と聞きました。信仰しますと答えてくれたので、ムテビにも信者さんの証としてと言ってハッピをあげました。
30日はカリロにおさづけに行く約束をしていたので、カリロに行く前にビラマリアに寄らせて貰いました。30日は林さんも一緒に行きました。林さんはよくカロケロ方面におさづけに行ってくれていて、ルワガさんもよく知っていて、昨晩2回目の3日のお願いづとめの最後を一緒につとめてくれました。ルワガさんは鼻血、嘔吐、下痢は無くなり、右膝の腫れだけになっていました。鼻血を出して弱っていたのを見た時は、死に際の症状なのでは?と思ったので、とりあえず一安心しました。
カテンダ ロジャースの病室に行くと、周りの子は結構退院していったみたいで少なくなっていました。
こっちでも祈ってくれと産科に連れて行かれ、産科では3人におさづけを取り次いだのですが、林さんが取り次いだ人の旦那が英語が喋れるので、3日に月次祭があるからおいでと誘いましたが、うちは遠いから無理だよというので、遠いからこそ来たらご守護頂けるんだから、来れるように頑張りなと言ったら、仕方なしにという感じで来るとは言いましたが、3日には来ませんでした。
30日にナムワンジャから、医者は2日金曜日に退院になると言っていると言われたので、夜ムテビにこのことを言いに行きました。
この時に、彼女は旦那(まだ結婚はしていませんが・・・)が逃げてしまったので、今後どうするか、どこに住むかも決まっていないので、うちの下の家を使ってて良いよ。これからどうするかが決まるまで。ただ長くてもうちが日本へ出発するまでだけど。と話をしました。それで朝夕のおつとめだけでも一緒にやった方が良いと思ったので。
そんな話をしている時に、ムテビの娘のジョアン3歳が50シリングコインを飲んじゃったというハプニングがありました。私もムテビもどうしたら良いのか?と驚きましたが、とにかくおさづけを取り次ぎました。幸い喉に詰まっているのではなく、飲み込んでしまったようなので、御供さんをあげて、今は様子を見るしかないし、多分明日うんこと一緒に出るからそんなに心配せずに。と言っておきました。そんなに自信があるわけではなかったのですが、言ってしまいました。
ムテビとするとやはり心配だし、となりのおばちゃんは前に誰かがコイン飲んじゃって病院行って大変だったみたいな話をしたので、もし夜中におかしかったら病院に行くのに車を出してくれるか?とお願いされました。もしそうだったら良いよ。電話で起こしてね、と話をして帰りました。
よく12月1日の午後、カニサ(近場ですが)方面におさづけに行った帰りにムテビのとこに寄り、ジョアンの様子を聞いたら、まだうんこが出ない・・・・と。おさづけを取り次いで御供さんあげた後に、何かの草をすり潰したような物を飲ませていました。ローカルの下剤のようなものらしいです。私はそれを見て、そんなの飲まない方が良いよ。うんこする時に柔らかかったらお尻痛いし、と言ったら、ムテビは普段は1日に2回くらいうんこが出ているのにまだ出ないんだ。これで何日もうんこが出なかったらどうすれば良い?とかなり心配をしていました。でもまぁ大丈夫、そのうち出るからそんなに心配しなくて良いよとは言ってみたものの、どっかで詰っちゃってるのかも?などと、内心ちょっと心配になってきました。
家に戻りながら、ムテビは毎朝おつとめ前に参拝に来るようになって、つい先日に天理教を信仰しますと言ってハッピをあげたばかりなのに、何でかなぁ?と考えました。それで、ムテビは信仰するようになったけど、母ちゃんの方は全くだな、結構誘ってはいるけどおつとめにも来ないし。と思ったので、今度は夫婦揃って信仰するように話していくのが課題だ、私がするべきことがそれなんだ、と思って教祖が夫婦揃って信心しなされやと言った言葉の英語とかを調べました。
夕づとめの時間が近づいたら、ムテビの息子のジョゼフと当のジョアンが参拝に来ました。来て早々、さっきうんこが出て、一緒にコインも出てきたと報告してくれました。おさづけを取り次いで戻ってきて直ぐの事でした。
私は嬉しいのと同時にホッとしました。
ムテビは翌日一緒にビラマリア病院に行った車のなかで、おさづけのお陰でうんこもコインも出たと喜んで話してくれ、これでかなり天理教を信じ始めてると言ってくれました。
1日の夕づとめにはお向かいのカスレ ジョン バッカブリンディ65歳男が来てくれていました。月次祭には毎月参拝に来てくれるし、夕づとめにもまぁまぁ参拝に来てくれるので、夕づとめ前に、天理教を信仰しますか?と聞き、しますと答えてくれ、信者さんの証にハッピをあげました。
彼は5年前に左足の大きな傷にちーちゃんがおさづけを取り次ぎ、医療巡回に連れて行った人で、ここの建設の時には彼の家の一部屋を倉庫に貸してくれた人です。
2日カテンダは退院するという事で、車を出してあげて病院に迎えに行ったのですが、医者はやっぱりもう1日様子を見た方が良いということで、退院は1日延期。
このときに呼ばれておさづけした子の中にチメラ ヘンリー16歳の男の子が両太ももの前側全体の火傷でおさづけを取り次いだのですが、彼は悪魔にとりつかれて、自分では知らないうちに火の上に倒れ込んでしまって火傷をしたというのです。また悪魔かと思いつつ、悪魔なんてこの世に存在しないから安心していいよ。必ず良くなるから神様を信じなさい。神様は天理王命。と話しをしました。このときはムテビが一緒にいたのでムテビがルガンダで訳して言ってくれました。
また来てくれる?と聞かれたので、近いうちにまた来るよと約束をしました。
ルワガさんの病室にも行ったのですが、彼はいませんでした。
退院?もしかして出直し?と不安になりながらも、帰ってからカロケロのルワガ家に行ってみたら、家で寝ていました。ここで一安心。
おさづけを取り次ぎ、天理教の神様を信じて、天理教を信仰したら歩けるようになるよ。と話をしました。何故か、ルワガさんが本当にお道を信じるようになれば歩けるようになると思ってしまうのです。根拠のない自信というか、何故かそう思って話してしまうのです。まだ生きてるし、ルワガさんにとって最大のチャンスと思ってしまいます。ということで、ルワガさんにはおさづけに通いながら、何回でも神様の話をして、天理教を信じれば歩けるようになるよと言い続けて行く事に決めました。ちょうどそういうルガンダ語の文が出来るようになったところなのもありますが。こう言ってしまう以上、それだけの徳積みを私がしないといけないなと気を引き締めています。具体的に何をすれば良いのかはっきりと考えついている訳ではないのですが・・・
さて、どうなるか?神様にお願いするのみです。
ビヤンスィは朝づとめの後に天理教の勉強を始めました。
基礎講座のしおりに沿ってスタートしました。別席のお誓いを暗記するように頑張っています。
日本行きのことの話の中で、日本に行ったら名古屋にいるウガンダ人2人に会いに行く時間が取れるかな?と質問があり、日程はこれから決めていくから日本側にも話しておくよ。でも1月26日におぢばに来るように誘ってみようと話をし、了解してくれました。
そんな話をしているなかで、もし自分がすることでおかしい事とか間違っている事があったら言ってほしい。これからの人生を良い方向に変えて行きたいから。そして今回の日本行きは自分のこれからの人生を変えるためなんだと言ってくれました。そう言ってくれたので、おぢばというところは本当に生まれ変われるところなんだよと話しました。
3日の朝、ムテビに夫婦が一つになるのが大事だよ。という話をし、ノーラ(奥さん)もおつとめに来るように話していきましょうと話しました。早速月次祭に参拝に来てくれました。普段のおつとめにも来てくれることを願っています。
月次祭にガヤザからレッジーナ ナマウェッジェ3歳が祖父母と参拝に来てくれて、おじいちゃんがムテビたちに、おさづけに来てくれるようになってから歩けるようになったから、参拝に来たと話してくれたのに、ムテビが大喜びでした。
ムテビは娘のジョアンのことがあったばかりのところに、そんな話を聞いて、自分が信じ始めている天理教は本物だと嬉しかったようです。
直会の後にはムテビとビヤンスィと、夫婦について話をすることが出来ました。ムテビは朝話をした続きでもあり、おさづけのご守護を聞いたばかりで、のりのりで話を聞いてくれました。夫の役割は柱で女の役割は土台とか男は水だから自分は低くなることが大切とか、女は大地の理があるとかそんな事で、夫婦どちらも重要で、どんなに立派な柱でも土台がなければこけてしまうといった話ができました。
3日月次祭で忙しいけど、夕づとめが終ってからなら、車を出してナムワンジャとカテンダを迎えに行っても良いよとムテビに話し、夜迎えに行きました。
この母子はこれからうちの下の家に寝泊りすることになりました。いつまでかは分かりませんが。
とにかく、旦那(にならなければならないムテビの息子)が出て行ってしまっている状況から、ここでおつとめをして女としてのいい土台を作りながら、旦那が見つかるのを祈りましょうと話し、ムテビが彼女に伝えてくれました。ということで、朝夕のおつとめを一緒にしましょうと話しました。
ここのところありがたい出来事が続いています。
自分自身の現状を考えると、親々からの積み重ねがなかったら、こんなにすぐにいい感じにはなって来ないと思います。つくづく親々の徳を頂いているからなんだなぁと感じます。
ありがとうございます。 たかみつ
立教168年12月
11月23日、カロケロ方面におさづけに行ったら、バディル ルワガ65歳男性、右膝の腫れで寝たきり状態のおっちゃんが、両方の穴から鼻血がでて綿を詰めていて、意識ももうろうとした感じでかなり弱っていました。このおっちゃんは3月に泉東の会長様が来られた時の実働推進の会で奥さんと一緒に行ってからおさづけに行くようになったモスリムのおっちゃんです。通っているうちに本人から聞くには癌という事でした。癌と聞いているので、これはもうやばいかな?と思ったので、この日から3日間、0時から12下りのお願いづとめをさせて頂きました。
このルワガさんはモスリムですが、お道を信仰するようになれば治るのと思い、11月の月次祭講話をムテビに訳してもらったルガンダの文をかいつまんで、「神様は天理王命、神様は陽気ぐらしをみて共に楽しむために人間を創った。身体は神様からの借り物で、借り物の身体だからこそ神様の思いにそった使い方をすることが肝心。だからしっかり天理教の信仰をしましょう」という話をしに25日にもう一度行ったのですが、枕元でこの文を読んでる間に寝てしまいました・・・
11月26日7時頃、キグングから帰ってきたらムテビが来ました。
何かと思ったら、ムテビの前の奥さんとの子供(ムビル二十歳くらい)がニェンドで働いているのですが、その彼は結婚はしていませんがナムワンジャ ローズという19歳の女の子との間に子供を作ってしまいました。赤ちゃんは今7ヶ月。この赤ちゃん(カテンダ ロジャース男)が病気で、この日に母子がムテビのところを頼って来たそうです。聞くと父親のムビルは二人を置いてどこかに逃げてしまったようで、見つからない・・・
翌日赤ちゃんを病院に連れて行こうと思うけれど、まずこの日の夜泊まるところがない。ムテビの家は2部屋しかなく、そこにすでに6人が生活していてスペースが無い。そこで一晩母子をうちで泊まらせて欲しいという事でした。そして出来れば翌日病院にも乗せて行って欲しい。と。
そこで下の家の教室の方にマットレスと毛布を用意して、おさづけを取り次ぎ泊まって貰いました。翌27日ムテビと母子を連れてビラマリア病院へ。日曜日なので初めのうちは医者がおらず、結構な時間待たされました。この時間はちょうどいいと思い、ムテビに親孝行はルガンダでどう言ったら良いかなどを聞いて、ちょっとしたルガンダ語の勉強時間になったのですが、その流れで、親の言う事を素直に聞くことが大切だよとか、そんな話をすることが出来ました。そのうちに医者が来て、診察が終わり、入院手続きとなりました。
ここで、カロケロのルワガさんが入院している事が発覚。早速おさづけしに行かせて頂きました。聞くと昨日26日に入院したそうです。鼻、口からの出血、嘔吐、下痢、そして右膝の腫れ。ちょうど3日のお願いづとめをしたら入院になったみたいでした。このタイミングを聞いてまたまたへこみそうでしたが、とにかくおさづけを取り次ぎ、また枕元でこの間の文を読みました。今度は寝はせず、何とか聞いてくれましたが、BGM程度にしか聞けていなかったように思いますが・・・。ということで更に3日の追い願いをさせて貰いました。
入院が決まってから、まだまだ時間がかかるのと、家から荷物などを運ぶなどもあるので、一度帰って夕づとめの後にもう一度病院に行く事にしました。
夜行って、もう一度ルワガさんとカテンダ(赤ちゃん)におさづけを取り次ぐと、入院病棟は殆ど大部屋なので、こっちもあっちもと30人ちかくにおさづけを取り次がせて頂きました。おさづけ取次ぎに時間がかかり、家に戻ったのは9時過ぎになりました。
28日夕づとめの前に、ムテビは16日からずっと毎朝参拝に来てくれているので、ムテビにも天理教を信仰しますか?と聞きました。信仰しますと答えてくれたので、ムテビにも信者さんの証としてと言ってハッピをあげました。
30日はカリロにおさづけに行く約束をしていたので、カリロに行く前にビラマリアに寄らせて貰いました。30日は林さんも一緒に行きました。林さんはよくカロケロ方面におさづけに行ってくれていて、ルワガさんもよく知っていて、昨晩2回目の3日のお願いづとめの最後を一緒につとめてくれました。ルワガさんは鼻血、嘔吐、下痢は無くなり、右膝の腫れだけになっていました。鼻血を出して弱っていたのを見た時は、死に際の症状なのでは?と思ったので、とりあえず一安心しました。
カテンダ ロジャースの病室に行くと、周りの子は結構退院していったみたいで少なくなっていました。
こっちでも祈ってくれと産科に連れて行かれ、産科では3人におさづけを取り次いだのですが、林さんが取り次いだ人の旦那が英語が喋れるので、3日に月次祭があるからおいでと誘いましたが、うちは遠いから無理だよというので、遠いからこそ来たらご守護頂けるんだから、来れるように頑張りなと言ったら、仕方なしにという感じで来るとは言いましたが、3日には来ませんでした。
30日にナムワンジャから、医者は2日金曜日に退院になると言っていると言われたので、夜ムテビにこのことを言いに行きました。
この時に、彼女は旦那(まだ結婚はしていませんが・・・)が逃げてしまったので、今後どうするか、どこに住むかも決まっていないので、うちの下の家を使ってて良いよ。これからどうするかが決まるまで。ただ長くてもうちが日本へ出発するまでだけど。と話をしました。それで朝夕のおつとめだけでも一緒にやった方が良いと思ったので。
そんな話をしている時に、ムテビの娘のジョアン3歳が50シリングコインを飲んじゃったというハプニングがありました。私もムテビもどうしたら良いのか?と驚きましたが、とにかくおさづけを取り次ぎました。幸い喉に詰まっているのではなく、飲み込んでしまったようなので、御供さんをあげて、今は様子を見るしかないし、多分明日うんこと一緒に出るからそんなに心配せずに。と言っておきました。そんなに自信があるわけではなかったのですが、言ってしまいました。
ムテビとするとやはり心配だし、となりのおばちゃんは前に誰かがコイン飲んじゃって病院行って大変だったみたいな話をしたので、もし夜中におかしかったら病院に行くのに車を出してくれるか?とお願いされました。もしそうだったら良いよ。電話で起こしてね、と話をして帰りました。
翌12月1日の午後、カニサ(近場ですが)方面におさづけに行った帰りにムテビのとこに寄り、ジョアンの様子を聞いたら、まだうんこが出ない・・・・と。おさづけを取り次いで御供さんあげた後に、何かの草をすり潰したような物を飲ませていました。ローカルの下剤のようなものらしいです。私はそれを見て、そんなの飲まない方が良いよ。うんこする時に柔らかかったらお尻痛いし、と言ったら、ムテビは普段は1日に2回くらいうんこが出ているのにまだ出ないんだ。これで何日もうんこが出なかったらどうすれば良い?とかなり心配をしていました。でもまぁ大丈夫、そのうち出るからそんなに心配しなくて良いよとは言ってみたものの、どっかで詰っちゃってるのかも?などと、内心ちょっと心配になってきました。
家に戻りながら、ムテビは毎朝おつとめ前に参拝に来るようになって、つい先日に天理教を信仰しますと言ってハッピをあげたばかりなのに、何でかなぁ?と考えました。それで、ムテビは信仰するようになったけど、母ちゃんの方は全くだな、結構誘ってはいるけどおつとめにも来ないし。と思ったので、今度は夫婦揃って信仰するように話していくのが課題だ、私がするべきことがそれなんだ、と思って教祖が夫婦揃って信心しなされやと言った言葉の英語とかを調べました。
夕づとめの時間が近づいたら、ムテビの息子のジョゼフと当のジョアンが参拝に来ました。来て早々、さっきうんこが出て、一緒にコインも出てきたと報告してくれました。おさづけを取り次いで戻ってきて直ぐの事でした。
私は嬉しいのと同時にホッとしました。
ムテビは翌日一緒にビラマリア病院に行った車のなかで、おさづけのお陰でうんこもコインも出たと喜んで話してくれ、これでかなり天理教を信じ始めてると言ってくれました。
1日の夕づとめにはお向かいのカスレ ジョン バッカブリンディ65歳男が来てくれていました。月次祭には毎月参拝に来てくれるし、夕づとめにもまぁまぁ参拝に来てくれるので、夕づとめ前に、天理教を信仰しますか?と聞き、しますと答えてくれ、信者さんの証にハッピをあげました。
彼は5年前に左足の大きな傷にちーちゃんがおさづけを取り次ぎ、医療巡回に連れて行った人で、ここの建設の時には彼の家の一部屋を倉庫に貸してくれた人です。
2日カテンダは退院するという事で、車を出してあげて病院に迎えに行ったのですが、医者はやっぱりもう1日様子を見た方が良いということで、退院は1日延期。
このときに呼ばれておさづけした子の中にチメラ ヘンリー16歳の男の子が両太ももの前側全体の火傷でおさづけを取り次いだのですが、彼は悪魔にとりつかれて、自分では知らないうちに火の上に倒れ込んでしまって火傷をしたというのです。また悪魔かと思いつつ、悪魔なんてこの世に存在しないから安心していいよ。必ず良くなるから神様を信じなさい。神様は天理王命。と話しをしました。このときはムテビが一緒にいたのでムテビがルガンダで訳して言ってくれました。また来てくれる?と聞かれたので、近いうちにまた来るよと約束をしました。
ルワガさんの病室にも行ったのですが、彼はいませんでした。
退院?もしかして出直し?と不安になりながらも、帰ってからカロケロのルワガ家に行ってみたら、家で寝ていました。ここで一安心。
おさづけを取り次ぎ、天理教の神様を信じて、天理教を信仰したら歩けるようになるよ。と話をしました。何故か、ルワガさんが本当にお道を信じるようになれば歩けるようになると思ってしまうのです。根拠のない自信というか、何故かそう思って話してしまうのです。まだ生きてるし、ルワガさんにとって最大のチャンスと思ってしまいます。ということで、ルワガさんにはおさづけに通いながら、何回でも神様の話をして、天理教を信じれば歩けるようになるよと言い続けて行く事に決めました。ちょうどそういうルガンダ語の文が出来るようになったところなのもありますが。こう言ってしまう以上、それだけの徳積みを私がしないといけないなと気を引き締めています。具体的に何をすれば良いのかはっきりと考えついている訳ではないのですが・・・さて、どうなるか?神様にお願いするのみです。
ビヤンスィは朝づとめの後に天理教の勉強を始めました。基礎講座のしおりに沿ってスタートしました。別席のお誓いを暗記するように頑張っています。
日本行きのことの話の中で、日本に行ったら名古屋にいるウガンダ人2人に会いに行く時間が取れるかな?と質問があり、日程はこれから決めていくから日本側にも話しておくよ。でも1月26日におぢばに来るように誘ってみようと話をし、了解してくれました。
そんな話をしているなかで、もし自分がすることでおかしい事とか間違っている事があったら言ってほしい。これからの人生を良い方向に変えて行きたいから。そして今回の日本行きは自分のこれからの人生を変えるためなんだと言ってくれました。そう言ってくれたので、おぢばというところは本当に生まれ変われるところなんだよと話しました。
3日の朝、ムテビに夫婦が一つになるのが大事だよ。という話をし、ノーラ(奥さん)もおつとめに来るように話していきましょうと話しました。早速月次祭に参拝に来てくれました。普段のおつとめにも来てくれることを願っています。
月次祭にガヤザからレッジーナ ナマウェッジェ3歳が祖父母と参拝に来てくれて、おじいちゃんがムテビたちに、おさづけに来てくれるようになってから歩けるようになったから、参拝に来たと話してくれたのに、ムテビが大喜びでした。
ムテビは娘のジョアンのことがあったばかりのところに、そんな話を聞いて、自分が信じ始めている天理教は本物だと嬉しかったようです。
直会の後にはムテビとビヤンスィと、夫婦について話をすることが出来ました。ムテビは朝話をした続きでもあり、おさづけのご守護を聞いたばかりで、のりのりで話を聞いてくれました。夫の役割は柱で女の役割は土台とか男は水だから自分は低くなることが大切とか、女は大地の理があるとかそんな事で、夫婦どちらも重要で、どんなに立派な柱でも土台がなければこけてしまうといった話ができました。
3日月次祭で忙しいけど、夕づとめが終ってからなら、車を出してナムワンジャとカテンダを迎えに行っても良いよとムテビに話し、夜迎えに行きました。
この母子はこれからうちの下の家に寝泊りすることになりました。いつまでかは分かりませんが。
とにかく、旦那(にならなければならないムテビの息子)が出て行ってしまっている状況から、ここでおつとめをして女としてのいい土台を作りながら、旦那が見つかるのを祈りましょうと話し、ムテビが彼女に伝えてくれました。ということで、朝夕のおつとめを一緒にしましょうと話しました。
ここのところありがたい出来事が続いています。
自分自身の現状を考えると、親々からの積み重ねがなかったら、こんなにすぐにいい感じにはなって来ないと思います。つくづく親々の徳を頂いているからなんだなぁと感じます。ありがとうございます。 たかみつ
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