おさしづ

「今からたすけするのやで」
                                                  (明治20年2月18日)

 一里行けば一里、二里行けば二里、又三里行けば三里、又十里行けば十里、辺所へ出て、不意に一人で難儀はささぬぞえ。後とも知れず先とも知れず、天より神がしっかりと踏ん張りてやる程に。 
                                                    (明治20年4月3日)

 「百十五歳と楽しみとしたる処、縮めた処、嘘やと言っている。百十五歳縮めたる処、既に一つの道のため、既に一つの国のため、たすけ一条のため、日本国中やない、三千世界一つの理、始め出したる一つの理」
                                       (明治22年1月24日)

 世界にはいかなる事も皆映してある。それ世界に映る。世界は鏡や。皆々めん\/心通りを身の内へ皆映る。

                                                    (明治22年2月4日)

 難しい事せいとも、紋型無き事をせいとも言わん。皆一つ\/のひながたの道がある。ひながたの道を通れんというような事ではどうもならん。あちらへ廻り、日々の処、三十日と言えば、五十日向こうの守護して居る事を知らん。……世界の道は千筋、神の道は一条。世界の道は千筋、神の道には先の分からんような事をせいとは言わん。……ひながたの道を通らねばひながた要らん。ひながたなおせばどうもなろうまい。これをよう聞き分けて、何処から見ても成程やというようにしたならば、それでよいのや。
                                                    
(明治22年11月7日刻限御話)

 日々にあたゑ、これ諭すから皆んな揃うて、互い\/の理は、重々聞かさず\/の理は、とんと受け取れん。慎みが理や、慎みが道や。慎みが世界第一の理、慎みが往還や程に。これ一つ諭し置こう。
                                       
(明治25年1月14日)

 天然自然という處成程と言う。めん\/承知して居れば、どんな慎みも出来る。これよう聞き分けて置かにゃならん。
                                       
(明治26年5月11日)

 身の内の障り、痛み悩みは、神の手引きと諭したる。さあ\/楽しめ\/。 
      
                                            (明治28年3月18日)

 旬が来たなら刻限と言う、刻限は旬を外さんための刻限 
                                       
(明治28年5月22日)

 たった一つ一寸の慎み、一つの理、誠の理、これだけ事情身上からよう思案せにゃならん。(中略)めん\/心に慎むという理を治めてくれ。
                                                    (明治30年4月18日)

 口には言われん、筆に書き尽くせん道を通りて来た。……五十年の間の道を、まあ五十年三十年も通れと言えばいこまい。二十年も十年も通れと言うのやない。まあ十年の中の三つや。三日の間の道を通ればよいのや。僅か千日の道を通れと言うのや。千日の道が難しいのや。ひながたの道より道が無いで。何程急いたとて急いだとていかせんで。       (前同)
 神が連れて通る陽気と、めん/\勝手の陽気とある。
勝手な陽気は通るに通れん。陽気というは、皆勇ましてこそ陽気という。めん/\楽しんで、後々の者苦しますようでは、ほんとの陽気とは言えん。めん/\勝手の陽気は、生涯通れると思うたら違うで。
                                      
(明治30年12月11日)

 天の理であればこそ、万国まで一寸付け掛けてある。万国一体世界一体いずれ開いてみせる。
                                                   (明治37年3月29日)

 にをいの事早いほがよいで。急いでやってくれ。急いでやってくれにゃならん。急いでやっても良い加減になる。残らず\/遠い所、悠っくりして居ては遅れる。この人ににをいを掛けんならんと思えば、道の辻で会うても掛けてくれ。これからこれが仕事や。
さあ\/変な話を聞かさるやろう。これやなけにゃならん。さあこれまであちらでもこちらでも、どうやろうこうやろうと、心というもの散々になってあった。なれど、これからこう成ったと、一つに成った事仕切りて言うてくれ。もう三十年祭は八年より無い。どうでもこうでも三箇年前からにをいを掛けて丁度よい。隅から隅まで心置き無うやってくれ。ころっと風を変え、直接やと言うてくれ。早く話して聞かせ。これが話のだめの話。今後どうしてくれ、こうしてくれ、これよりありゃせん。これ了うたら、三四年か五六年は皆々働いてくれにゃならんで。働いたら働いただけのこうのう皆々ある。ほんになあと、もう変わったなあと言うて、これから楽しんでくれ。
                                      
(明治40年4月7日午後9時30分)

船遊び(稿本天理教教祖伝逸話篇168)

 おやさまは、ある時、梶本ひさに(後の山沢ひさ)に向かって「一度船遊びしてみたいなあ。わしが船遊びしたら、二年でも三年でも。帰られぬやろうなあ。」と、仰せられた。海の外までも親神様の思し召しの広まる日を、見抜き見通されてのお言葉と伝えられる。