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おさしづ |
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「今からたすけするのやで」 一里行けば一里、二里行けば二里、又三里行けば三里、又十里行けば十里、辺所へ出て、不意に一人で難儀はささぬぞえ。後とも知れず先とも知れず、天より神がしっかりと踏ん張りてやる程に。 「百十五歳と楽しみとしたる処、縮めた処、嘘やと言っている。百十五歳縮めたる処、既に一つの道のため、既に一つの国のため、たすけ一条のため、日本国中やない、三千世界一つの理、始め出したる一つの理」 世界にはいかなる事も皆映してある。それ世界に映る。世界は鏡や。皆々めん\/心通りを身の内へ皆映る。 (明治22年2月4日) 難しい事せいとも、紋型無き事をせいとも言わん。皆一つ\/のひながたの道がある。ひながたの道を通れんというような事ではどうもならん。あちらへ廻り、日々の処、三十日と言えば、五十日向こうの守護して居る事を知らん。……世界の道は千筋、神の道は一条。世界の道は千筋、神の道には先の分からんような事をせいとは言わん。……ひながたの道を通らねばひながた要らん。ひながたなおせばどうもなろうまい。これをよう聞き分けて、何処から見ても成程やというようにしたならば、それでよいのや。 日々にあたゑ、これ諭すから皆んな揃うて、互い\/の理は、重々聞かさず\/の理は、とんと受け取れん。慎みが理や、慎みが道や。慎みが世界第一の理、慎みが往還や程に。これ一つ諭し置こう。 天然自然という處成程と言う。めん\/承知して居れば、どんな慎みも出来る。これよう聞き分けて置かにゃならん。 身の内の障り、痛み悩みは、神の手引きと諭したる。さあ\/楽しめ\/。 旬が来たなら刻限と言う、刻限は旬を外さんための刻限 たった一つ一寸の慎み、一つの理、誠の理、これだけ事情身上からよう思案せにゃならん。(中略)めん\/心に慎むという理を治めてくれ。 口には言われん、筆に書き尽くせん道を通りて来た。……五十年の間の道を、まあ五十年三十年も通れと言えばいこまい。二十年も十年も通れと言うのやない。まあ十年の中の三つや。三日の間の道を通ればよいのや。僅か千日の道を通れと言うのや。千日の道が難しいのや。ひながたの道より道が無いで。何程急いたとて急いだとていかせんで。 (前同) 天の理であればこそ、万国まで一寸付け掛けてある。万国一体世界一体いずれ開いてみせる。 にをいの事早いほがよいで。急いでやってくれ。急いでやってくれにゃならん。急いでやっても良い加減になる。残らず\/遠い所、悠っくりして居ては遅れる。この人ににをいを掛けんならんと思えば、道の辻で会うても掛けてくれ。これからこれが仕事や。 |
| 船遊び(稿本天理教教祖伝逸話篇168)
おやさまは、ある時、梶本ひさに(後の山沢ひさ)に向かって「一度船遊びしてみたいなあ。わしが船遊びしたら、二年でも三年でも。帰られぬやろうなあ。」と、仰せられた。海の外までも親神様の思し召しの広まる日を、見抜き見通されてのお言葉と伝えられる。 |