〜世界勇ませ・世界へ飛び出せ〜 おたすけ隊ネット

      

第6回アフリカおたすけ隊
11月25日!報告会開催

参加隊員

渡辺  茂 佐々木邦子 加藤 義道 榎本 和人 籠尾 里美
中井 貴子 森下 慶一 有本 嘉邦 山崎 拓人 山崎 敬充 林  真代

中井 貴子 目にするもの身体に感じるもの、全てが初めてで、ずっとドキドキドキドキして。真誠ウガンダ布教所に集まる子供たちとの出会いは・・・全文を読む

山崎 栄慈 “親から子へ、子から孫へ”が正に具現化されたおたすけ隊と言うことになります。アフリカとの関わりから早20数年。とうとう孫の代に入る・・・全文を読む

山崎 城之 教祖120年祭は意義ある年となりました。有り難うございます。アフリカのおたすけ隊が第6回を迎えることとなりました。御教えに「続いてこそ道」とありますが・・・全文を読む

籠尾 里美  ナブトングァ村での生活は、日本と違って、電気も水道もない生活です。水道がないので、雨水をためたり、くんできて、タンクに入れて・・・全文を読む 

渡辺  茂 私は、英語教師を早期退職していて、おたすけ隊に参加させて頂き、誠に良かったと思っています。お道の信仰に感動と喜びと、そして世界平和には、このお道しかないという信念が・・・ 全文を読む

山崎 敬充  おたすけ隊受け入れの2週間ほど前に、突然布教所の前の道路(ナブトングヮ⇔カリロ)にグレーダーが来て道路整備がされました。マサカタウン、ニェンドに出るときに通る道であり・・・全文を読む

宇野 正彦 第6回アフリカおたすけ隊に参加させて頂き、本当にありがとうございました。そして、引率・受け入れ、事前準備など、影で動かれている多くの方々、今回諸事情で参加できなかった方々も・・・・全文を読む

村上 幸一 ウガンダについて、以前から両親や敬充君からいろいろ聞かせていただき、いつか行かせてもらいたいと思っていました。今回、高安大教会海外部の視察というご命を頂き・・・全文を読む

佐々木邦子 リンダのウガンダ日記
5月27日(土) 早朝、ドバイ着。しばらく空港内の休憩所のリクライニングチェアーで横になっていたが、9時間も待ち時間があるのでドバイ観光に出る事にする。空港は出入りに・・・全文を読む

森下 慶一 今回私は延期をお願いして1ヶ月という短い期間でしたが、尊い貴重な体験を沢山させて頂きました。と言うのも、おたすけ隊の皆さんが帰られてから敬充布教所長さんがマラリアになり、マラリアの恐ろしさを垣間見たり、私自身が下痢になり・・・全文を読む

榎本日佐子 教祖120年祭の記念すべき年、第6回おたすけ隊に参加出来ましたこと、心から親神様、教祖に御礼申し上げます。出発の5ヶ月前に腰の骨を折り・・・全文を読む

戎居 冴美 私は昭和7年生まれで12月になると満74歳になります。そして、視力障害布教連盟の会員になってから17年になります。私は皆さんのお世話になりながら・・・全文を読む

有本 嘉邦 第6回アフリカおたすけ隊に参加させて頂き、誠に有り難うございます。私、海外へ旅立つのは、初めてでありまして・・・・全文を読む

加藤 義道  ウガンダに到着した翌朝のことである。旅の疲れをものともせず大きな声を張り上げておさづけを取り次ぐ隊員の姿が目に飛び込んで来た。強烈な初日を迎えた。想い描いていた海外でのおたすけの現実がさらに身近に感じ、心にスイッチが入った・・・・全文を読む

立教169年5月26日〜6月8日
 エミレツ航空にてドバイ経由ウガンダ共和国
 

日  程 : 1月26日:オリエンティーション
         27日:エンテベ空港着〜カンパラホテル泊
         28日:南浦ウガンダ出張所参拝、フォレストにて森林浴、赤道にておさづけ取次ぎ、ナブトングァ到着
         29日:センピジャ/マサカ県知事表敬訪問、おさづけお取り次ぎ
         30日:おさづけお取り次ぎ
         31日:おさづけお取り次ぎ
        2月1日:ビヤンスィ家神実様鎮座祭「チタビヤマ講」と命名。チタビヤマ小学校ピアニカ贈呈式
          2日:鶏〆で命の大切さを学ぶ。カルングヘルスセンターにておさづけ取次ぎ、めがね贈呈式
          3日:午前中準備 午後4時から真誠ウガンダ布教所6月月次祭、プリンス家族参拝に
          4日:改良井戸引き渡し式。午後5時から第2回サッカーAAAカップ決勝戦ルアンガ優勝!
          5日:午前中センピジャ自宅訪問農場見学は雨のためおさづけお取り次ぎ、ジンジャー観光
          6日:ジンジャ出発 お土産購入、帰国パティーファンファンにて
          7日:ホテルアフリカーナにて帰国準備 12時発エンテベ空港へ 
          8日:関空着

おたすけ隊ネット代表 山崎城之(高安・渕和) 

教祖120年祭は意義ある年となりました。有り難うございます。

 アフリカのおたすけ隊が第6回を迎えることとなりました。御教えに「続いてこそ道」とありますが、切れずに6回を迎えられたことは誠に有り難く感激の極みでございます。そして尚末永く続けさせていただくことをここでお誓い致します。
 しかもこの回を迎えた今、おたすけ隊参加を切っ掛けにして、現地に定着して本格的なおたすけが展開され、系統として、しっかりと根を張り始めているのです。縦と横の織りなす「二つ一つの理」、が、活き活きと世界で息づいています。又、参加された独身の方々が次々と、とても良いご縁を得て結ばれている事も特筆したい事です。

 我が身我が家の都合を捨て、系統を超えて、教祖の思し召しを体して、世界だすけに燃えるよふぼくが、ならんなかを、しっかりと、心を定めて「世界へ飛び出せおたすけマン」として実働!する。神様は先回りし、後押ししてご守護くださっていることを今回も日々実感、体感させていただきました。
 教祖がいかに世界だすけをお望み下されているかの証でもある様に思えてなりません。

 今回は高安大教会海外部の部員先生がお二人参加(一隊員としてのご参加!)して下さいました。聞かしていただきましたのは、大教会長様は「現地の話を聞いてほっておかれん」とのことでした。有り難い親心に心から感謝を申し上げます。
 教祖120年祭の時旬の理と共に親の理をいただき、不思議なご守護を戴くと共に、次なる塚130年祭に向かって大きな布石となりました。有り難うございます。

 この度戴いたご守護の数々
1、本部准員先生がご巡回下されたこと(立教169年2月)
2、高安大教会長様の御命で、海外部員お二人の先生がおたすけ隊に参加して下さったこと。
3、よふぼくビアンスィさんが講社祭りをしてくれたこと
4、隊員の皆様の前で青年会員2名が信者として申し出てくれたこと
  一人は日参を書かさないプリンス・一人は国立カルングヘルスセンター所長の奥さん
5、熱心な信者さんが2名が来年修養科(英語コース)を心定めてくれたこと
6、よふぼくセンピジャさンが活動拠点の提供を承知してくれたこと
7、マイクロバスがスタックするという事情から、村人との話し合いが出来たこと
8、AAAカップの昨年の優勝チームに「もし今年も優勝したら、旧ユニホームを準優勝者にプレゼントして欲しい」との提案をメンバー全員が快く受けてくれたこと。結果は昨年の準優勝チームが今年は優勝した。
9、プリンスのお父さんが末期症状から、快癒し、月次祭、そして、AAAカップのサポーターとして、元気に応援していたこと。しかも息子を修養科に入れて欲しいと力強く依頼して来た。これにはその後があります。詳細報告があり次第アップします。
10、曇り空を危ぶんでいたら、舗装道路に出た瞬間!大雨が降って来た。
11、16人もの方々が来て下さったこと。
12、皆様無事帰国できたこと
13、クチコミから新たに参加した方々が多かったこと
14、回を重ねて参加した方も多かったこと
15、地元に於いておさづけの渦が巻き起こされたこと
16、7キロ先のカリロから5人の方が月次祭に参拝してくれたこと
17、プリンス一家が参拝してくれたこと
18、井戸改修工事の土台土盛りひのきしんを積極的に少年会員が実働してくれたこと
19、井戸改修工事がようやく完成した事
20、プリンスとドーラが修養科を心定めてくれたこと
21、独身の参加者が次々と良いご縁に恵まれて結ばれたこと。
22、参加者のほとんどが先ず「心定め」をしたので、参加出来、色々と成ってきたこと。
23、

まだまだありますので逐日追加して行きます。

10%は大きく変化する統計数字と聞かしていただきます。人類の10%がようぼくの中のよふぼくだったら、陽気暮らし世界の実現、と共に地球が必ず変わると思うのですが・・・・(ウガンダが少しづつ変わってきました。その様子はこちらでご紹介しています)

榎本日佐子(高安・渕和【和大布教所】)

教祖120年祭の記念すべき年、第6回おたすけ隊に参加出来ましたこと、心から親神様、教祖に御礼申し上げます。出発の5ヶ月前に腰の骨を折り、今回は無理しない方が良いと周りの方々に心配していただいたのです。が、次男が付き添いで参加してくれると言うので、心定め通り、私の第3回目に参加することができました。骨折を通して、息子の代にまで続いて参加出来ましたこと、おさづけをすることなど見たことも無い息子の、その真剣な姿に感動、腰の方も何の憂いもなく過ごすことができました。心から喜ばしていただいております。本当に有り難いことでした。
 ウガンダを訪れて3回目、4年になりますが、真誠ウガンダ布教所となって1年、昨年月次祭は60人くらいの参拝者でしたが今年は100人を超えていました。僅かの間の素晴しい発展を見さしてもらい、所長さんの信心の深み、成人を神様がしっかり受け取って下さっている。真に成る者の成人の大切さをしみじみと見させていただきました。
 日々日程をクリアする度に感動と感激が増して行きました。現地スタッフの皆さんの企画準備の深い思いがヒシヒシと伝わってきました。有り難うございます。
 いつでもどこでもだれにでもおさづけを取り次ぐおたすけ隊。私におたすけの面白さと勇みを下さいました。今はおさづけが楽しくて楽しくて勇みに勇んでいます。そして私は来年も、また、他のおたすけ隊にも参加する事を思いました。おたすけ隊の案内は是非お知らせ下さい。 

後藤 陽子(国名・天望(天明布教所))

戎居 冴美(高知・三崎)

 私は昭和7年生まれで12月になると満74歳になります。そして、視力障害布教連盟の会員になってから17年になります。私は皆さんのお世話になりながら、第4回第5回第6回のアフリカおたすけ隊に参加させていただきました。いつも、お世話になっているAさんは、7年前に視力障害布教連盟の岡山研修旅行で、お知りあいになり、それから、いろいろとお世話になっている方です。この出会いがなかったら、おそらく、このおたすけ隊の出会いも、なかったと、いまから思うとこれも大きな大きな、親神様、教祖のこの出会いは、ご守護と思っております。英語もウガンダ語も、又字も読めない私を、皆さんは、ある時は親が子供を世話するように又、ある時は何も出来ない親を、子供がお世話する様に、大変お世話になりました。急な坂道を、私を背負ってくれました。又、急な坂道を登る時は、両方から手を差しのべてくれ、そして、ぬかるんだ水たまりの時は、しゃがんで私を背負ってくれた皆さん。ただただ頭が下がります。真誠ウガンダ布教所も、一年一年と充実して、朝晩のおつとめは盛大で、私もその中の一員として、朝夕のおつとめをさせていただきました。現地の皆さんも一緒にすばらしい朝夕のおつとめでした。又、三日の真誠ウガンダ布教所のお祭りは、百人あまりの近所の人や皆さんがいて、素晴らしいおつとめ。私もその中の一員として参加させていただきました。ただ、びっくりする事ばかりです。親神様、教祖のすばらしいご守護が現地にも密着して、又、病院や診療所、学校、どこへ行っても私たちのおたすけ隊を歓迎して喜んでくれました。そして、又、現地の人達が並んで、おたすけのお取次ぎを待っていてくれたこと。この素晴らしいご守護の陰には、現地でおにおいがけしている真誠ウガンダ所長さんの、並々ならぬお力添えと、ただただ感謝するばかりです。そして、天理教キグング集団所の漁師町に行ったら素晴らしい集会所が出来ておりました。そして、又、素晴らしいこの土台を作ってくれた山崎城之先生奥様、渕和の会長様、ありがとうございました。又、息子さんの拓人君5歳、私はあなたに随分はげまされました。素晴らしい歌声、今でも頭の脳裡に浮かんでおります。神様が、三才心になりなさい。と言うような素直な心になりなさい。その歌声で学びました。
 この皆様にお世話になったご恩は、親神様、教祖が、一番望まれるおにおいがけ、おたすけ以外にないと思っております。この第4回第5回第6回のおたすけ隊を通じて、私の感じたことを少しのべさせていただきます。教祖百二十年祭の中の年、おさづけのお取次ぎを、30人からだんだんと50人、100人そして、末の年に120人に心定めさせていただき、一生懸命で通らせていただきました。たすける理がたすかる。本当に、親神様、教祖ありがとうございました。そして、50年前の初心に返って一生懸命で通らせていただこうと、思っております。これも、素晴らしいおたすけのたまものです。皆さん大変お世話になりました。ご恩は、親神様、教祖に喜んでもらえる素直な心になって、一生懸命でおにおいがけをさせていただこうと、思っております。ありがとうございました。最後に又、真誠ウガンダ布教所の所長さん、林さんいろいろお世話になりました。どうか、お体を大切にありがとうございました。

中井 貴子(立野堀・南埼玉)

 第6回アフリカおたすけ隊に、今回初めて参加させていただきました。旅慣れもしていなく、しかも誰も知らない土地アフリカウガンダ。周りの反対は、それはもんのすごいものでしたが、私の意思は変わらず、しかしながら、前より数十倍に増えた不安の中での出発でした。人見知りの激しい私でしたが、本当に皆さん優しい人ばかりで、すぐに溶け込むことができました。
 ウガンダに着いてからは、目にするもの身体に感じるもの、全てが初めてで、ずっとドキドキドキドキしていました。マラリアだけにはなりたくなく、蚊に刺されぬよう神経質になっていましたが、結局帰国した時には40カ所近く見事に刺されていました。今現在も元気なので、きっと私はどこでも生きて行けるタイプなのでしょう・・・。
 真誠ウガンダ布教所に集まる子供たちとの出会いは、本当にこの上なく最高でした。写真を見ていると、明日また会えるのでは!!という期待さえしてしまいます。私は大教会の少年会活動で、同年代の子供たちと接していますが、正直、ナブトングァの子供たちと遊んでいる方が、自分も楽しく素直になれていることに気がつきました。日本では、どこかで子供たちに気を使い、機嫌を取り、お菓子を与え・・・という私がいました。子供たち育成の為に、これから私たちはどうあるべきかを真剣に考えて行かなくてはならないと感じました。
 私のおたすけの旅は、感動と学びの嵐でした。感想文もまだまだ書きたいのですが、胸が詰まって筆が進みません。
 皆さん2週間本当にどうも有り難うございました。私もまたウガンダに行くことをお約束します。それでは最後に一言。ウガンダの蚊はしつこくかゆいですね・・・なかなか治りません・・・。

籠尾 里美(西陣・栄立)

 教祖120年祭の旬に「アフリカおたすけ隊」に参加させて頂けました事を有り難く思っております。
 この「おたすけ隊」を知ったきっかけは、去年の「心を育てる教職者のつどい」で、山崎城之先生と出会い、話を聞かせてもらった事でした。病気や治安の問題などを考えると不安もありましたが、思いきって参加する事を決めました。すると、不思議な事で教祖の先回りのご守護を見せて頂き、不安は少なくなっていきました。

 さて、ウガンダに着き先ず最初におたすけをさせて頂いたのは赤道直下です。お店があり、その付近の方へ「ワリオムルワッデ(病気の方は居りますか?)」と声をかけると、22才の青年が出て来てくれました。でも取り次ぎだすとクスクス笑うのです。続いて隣にいた青年にもさせて頂いたのですが、その時も同じ様な感じでした。少しバカにされたような気がして意気消沈となってしまいました。そんな心を晴らしてくれたのは、布教所で出迎えてくれた子供たちでした。笑顔で♪「How do you do こんにちは 僕たちみんな兄弟だ」と何回もうたって歓迎してくれた事、また、私たちの荷物を率先して運ぶ姿に元気をもらいました。

 ナブトングァ村での生活は、日本と違って、電気も水道もない生活です。水道がないので、雨水をためたり、くんできて、タンクに入れて大切に使います。(出来るだけ使わない工夫や、使っても大切に、とことんまで使う姿には、頭の下がる思いです)、その水をくみに行くのは子どもたちの仕事です。遠くはなれた所までくみに行くのです。でも、その水も決して衛生的にいい水とは言えません(今回井戸改良工事が完成し、質のよい水を供給出来るようになりました、素晴しい事です)。また、服は着のみ着のままだったり、靴もはかず、食事は一日二食、やはり成長期の子供たちにとっては、栄養不足で、発育不良の子どもがほとんどです。そして、学校へ行きたくても、重要な働き手である子供たちは、学校へ行けません。その他、性犯罪、虐待・・・本当 色々な問題があります。
 でも、子供たちは、純粋で明るく弟妹たちの面倒もよく見て、よく働き、一生懸命生きています。こういう面では、日本人も学ぶべきところではないかなと思ったりしました。

 おさづけの話しに戻りますが、みかぐらうたに「いつもわらわれそしられて めづらしたすけをするほどに」とあります。「笑われても親神様の存在を知ってもらう事でそれが、たすかりにつながり、にをいがけにもなる」と言われ、納得し、心機一転、大きな声で、おたすけに歩けるようになりました。村では、一人に声をかけると集まって来られ、手を合わせ、真剣に祈っておられる事が多くありました。それはやはり、親神様、教祖のご守護であり、布教所の皆様の日頃の丹精のたまものであると感じました。
 おさづけを取り次がさせて頂いた後は、体が熱くなり、相手の方の顔も落ち着いた面持ちになられたような気がしました。また、ひざの痛みが気になりながらも、おたすけに歩かせて頂いたところ、帰る頃には、痛みがとれていたというありがたい経験もさせて頂きました。

 村では約一週間の滞在でしたが、毎日様々な所での物資贈呈や沢山の人で溢れた月次祭、新講社の鎮座祭、サッカ−AAA杯のルワンガの優勝など、嬉しい事がたくさんあり、村の人たちの大歓迎をうけて、渕和分教会の方々、布教所の方々、AAA、これまでのおたすけ隊の皆様の真実が花開いてきているのだと感じます。そして、節をチャンスと受けとめ、皆に理解してもらえるように話し合い、教えが広まっている事も素晴しく思いました。
 短い間でしたが、色々な経験をし、勉強する事が多い日々でした。私もこれから何が出来るか考え、微力ながら協力させて頂きたいと思います。この機会を与えて下さって感謝します。ありがとうございました。

有本 嘉邦(高安・国勢)

 第6回アフリカおたすけ隊に参加させて頂き、誠に有り難うございます。私、海外へ旅立つのは、初めてでありまして、誰も知らない土地で、にをいがけ、おたすけを私にできるのだろうかと思いました。しかし、ウガンダ語の書いてあるリストを見たり、激しいジェスジャーをしながら、にをいがけ、おたすけをできましたことに感謝、感激の極みでございます。また、アフリカの大地・山・滝・湖・動物を観光したり、AAAカップサッカー大会の観戦や応援団長などやらして頂き、陽気に楽しませてもらいました。14日間は永遠に忘れないでしょう。というより来年もまた参加したいです。(失礼な話ですが、お金があればの話ですが・・・)まあ何とかします。はい!!

加藤 義道(高安・島上)

 ウガンダに到着した翌朝のことである。旅の疲れをものともせず大きな声を張り上げておさづけを取り次ぐ隊員の姿が目に飛び込んで来た。強烈な初日を迎えた。想い描いていた海外でのおたすけの現実がさらに身近に感じ、心にスイッチが入ったようだった。

 それからと言うものは、行く先々でのおさづけの取次ぎに没頭していった。熱病、マラリア、頭、のど、足、手、腰など医療に掛かれないで苦しみに喘ぐ人々。取り次ぐ姿に興味本位で集まる人が周りを取り囲む。無我夢中で教祖にすがり、ひたすら願い続けた。

 残された時間を追うかように迎えたウガンダでの最終の日であった。愈々終わりかと思うと気持ちのあせりから次々とホテルの中で出会う人に声をかける。それに呼応するかのように目の不自由である隊員に請われてホテルの外に出る。通行人に対して、唯、片言の言葉で「どこか病気か。祈りたい」と言うのみ。その声に興味を示しおさづけを願う人が何人か集まってきた。取り次ぐのに忙しくなりふと足元を見ると、スリッパの上にハッピ姿の自分のスタイルに思わず笑いが込み上げてきた。

 今回、私は、大教会長様の御命で参加したが、しっかりおさづけをとの激励を頂き、おさづけの回数にこだわり、取り次ぎに励ませて頂いた。その結果185回を数えた。しかし、当初の目標に届かず、成ってくる次の塚にと、気持ち残しウガンダを後にした。

 この度のおたすけ隊は、日本では決して出来ない貴重な体験の連続であり、夢の如く過ぎ去った2週間だった。そして、思い返せば、これ程おぢばが恋しく思い、はるか彼方より教祖にお供をお願いしたことは今までに無かった。何と有難いことであったか。

 世界たすけを自称する誇り高きようぼくは、地上の月日である教祖のお伴をして未知の世界に旅立ち、未曾有の喜びを体験しよう!
 

榎本 和人(高安・渕和)

渡辺 茂(深川・峡田ー峡月(峡峰布教所))

 道の教職員の集いの世話人をさせて頂いた関係で山崎城之先生にお目にかかれ、第4回アフリカおたすけ隊に東京教区の桐野利子先生と参加させて頂きました。大変感動しました。第5回は、私が行くなら参加したいというかたがいて参加させて頂きました。第6回は、120年祭のお礼に参加させて頂こうと思い参加させて頂きました。京都教区の籠尾里美先生も参加されました。
 現役の先生がアフリカおたすけ隊に参加されるのは大変ですが、都合をつけて参加されることを、お勧めします。
 私は、英語教師を早期退職していて、おたすけ隊に参加させて頂き、誠に良かったと思っています。お道の信仰に感動と喜びと、そして世界平和には、このお道しかないという信念ができます。
 おさづけを今回も50回取り次がせて頂きました。おさづけを取り次がせて頂く喜びを感じさせて頂けます。
 ナブトングワにある真誠ウガンダ布教所での宿泊、ニェンドのスーパーパラダイスインでの宿泊で、いかに日本人が物質的に、結構な、ありがたい生活環境にあるかを、分からせてもらえます。日本での生活が、いかに便利で、清潔で、豊かであるか、実感できます。
 平成18年5月29日(月)は、ムブロ湖国立公園で夕づとめをしました。おつとめをしながら、カバがじゃれあう姿を見られたのは、最高でした。
 親神様のご守護は、地球上あまねくあることが実感されます。飛行機に乗ると、火、水、風、大自然が我々をとりまいていることに,気づかされます。
 そして、世話取りされる山崎ファミリーのすばらしさ、参加される魅力的な一人一人に、ウガンダの村人達に感動します。
 生きているということ、生かされているということが実にすばらしい、ありがたい、尊いことだと実感できます。
 今回も、親神様、おやさま、みたま様、皆様方のおかげで、すばらしい体験をさせて頂き感謝しています。
 「喜び、感謝、ひのきしん」「つとめとさづけ」を心に、日々を送らせて頂こうと思っています。

佐々木邦子(神崎・宍栗)

 リンダのウガンダ日記
5月27日(土) 早朝、ドバイ着。しばらく空港内の休憩所のリクライニングチェアーで横になっていたが、9時間も待ち時間があるのでドバイ観光に出る事にする。空港は出入りに厳しいチェックがあり、テロへの警戒を身近に感じる。しかし、ドバイの街はすこぶる平和。空港からタクシー2台に分乗してスパイシーシティーへ。近代的なビル群。広い整備された道路。運河。ゴルフ場。ここは大都会だ。スパイシーシティーは商店街。朝早かったので、まだ開店準備の店が多い。人々は穏やかでのんびりしている。しかし、この暑さ。どこかで頭を冷やしたい。とりあえず水上タクシーに乗って運河を渡り、ドバイミュージアムへ。壊れた城壁の様な外観だが、中はクーラーもきいて、通路にはパネルやハイビジョンシアター、昔の家庭の様子や職人さんの仕事場、学校ETCと人形を作って再現していたり、発掘品展示や、海底などバラエティに富んだ内容で、素晴しい。ロビーにはおしゃれなみやげもの屋。アラジンのランプみたいなきれいな調度品が並んでいて、ウーン、オリエンタル!自販機でコーラを買って涼を楽しむ。外は再び暑さが肌を刺す。街の人にレストランを教えてもらい、そこで昼食。ロダルハムのシェフのスペシャルランチはいろんな種類のカレーがついていてとてもおいしい。
 再びドバイからエンテベへ向けて飛行機の乗り換え。機内では、K君が黒人の男の人に話しかけられる。英語が堪能なJさんが間に入る。どうやら彼はクリスチャンで、うしろの席の黒人の女の人も激しく突っ込んでくる。おたすけが理解出来ないようだ。
 夜9時頃、エンテベ到着。暗い空港に、真誠ウガンダ布教所から迎えのマイクロバスが来ていた。なんだかホッとした。そのままバスでジュリザホテルへ。二階建てのアパートの様なホテル。二人部屋のバスタブには、栓がない。どうやって湯をためるの?あきらめてシャワーと思ったが湯の調節ができない。仕方なく洗濯物を穴に詰め込んで湯を気持ちだけためて、洗濯しながら自分も洗濯。

5月28日(日) 朝、ホテルの小さな庭で朝勤め。涼しくて気持ちいい。こじんまりとした食堂で朝食。パッションジュースとパイナップルがやけにうまい。マサカへ移動の為、駐車場で荷物を積込んでいると、手こぎ自転車に乗った男の人が来る。シンバさんの声掛けでおさづけを取り次がせてもらう。初おさづけだ。彼は両足ともひざから下がダランとしている。必死で取り次いだ。親神様!教祖!心の中で何度も叫びながら、涙がボロボロ流れてくる。ありがとう、ありがとうと言いながら何度も手を握る。彼はとてもうれしそうだった。私はもっとうれしかった。その後ホテルを出発。石原さん一家が住む南浦出張所の朝づとめに参拝。多くの現地の信者さんが紫色のハッピを着て迎えてくれる。みんな礼儀正しく知的で優しい。マッセ(7才女)、サラ(6才女)、可愛かったな〜。庭で集合写真。空が曇り出した。雨に匂い。バスの乗ろうとした時、突然雨が降り出した。一瞬にして道は川のようになる。痛いほど強い雨。これがスコールか。でもすぐに止む。マサカ移動の途中、ンパンガフォレストに寄る。森林浴だ。森の案内人デニスさんに引率されて30分コースを歩く。カルファ(恋の成就に使う木)、アンテァリス(ドラムをつくる木)、スポンシアス(毒薬の木)、トラシナ(家の境界線に植える木)ETCの説明を受けながら楽しく散歩。その後は、赤道の町へアスファルトの舗装道路の両側には、土産物屋が並ぶ。南半球と北半球では水の渦の捲き方が逆になり、赤道上では静止するという実験をして商売をする人、赤道をまたいだ証明書を売る人。こんなのが商売になるのかと思いながらも、つい豊かな(?)日本人。アフリカの経済への貢献と金を払う。ここでは全員でよろづよ八首。人々が物珍しげに集まってくる。あちこちでおさづけ取り次ぎが始まる。道路がしょっちゅう事故があるので道路にお祈りしてくれという人やお祈りで商売しているのかと聞く人や、てんやわんやだったが、とにかくタダとわかると病人がいるからと案内してくれた。その人は背中にでき物ができていて約4ヶ月間、その痛みで悩んでいるとの事。おさづけを取り次ぐ為に柏手を打つと、ゲラゲラ笑っていたが、おさづけの途中でだんだん神妙になり、終った時には、真剣な顔で、ウエバレニョ(ありがとうございます)と言ってくれた。親神様万歳!。夕方、真誠ウガンダ布教所到着。6時から夕づとめ。近所の子供たちが参拝に来ている。ハッピを着て、日本語で「あしきおはろおて」と大声でつとめている。チャンポン、太鼓、スリ鐘も子供たちが手を上げてやりたがる。あてられた子どもは意気揚々と張り切ってつとめる。おつとめの原点を見たような気がした。夜は布教所組と、ホテル組に分かれて宿泊。私はホテル組。スーパーパラダイスイン。なんて素敵な名前。でも着いてびっくり。長屋風の平屋の建物がコの字に並び、ドアを開ければ土間にベッドが2つ。小さな木の台と、プラスチックのイスが1ヶ。水の入った黄色の小さなポリタンクが1つ。チョー簡素。そして共同トイレ。共同シャワー室。中庭では太ったおばちゃんが、大きな金だらいに湯をわかしている。なにかもやもやとしたものが浮いた湯。どうやら入浴用らしい。たらいにその湯をもらって、ポリタンクで水で、うめながら体を洗うのだ。面倒くさいので今夜はそのまま寝よう。隣のトイレに入ってびっくり。コンクリートの床に長方形の小さな穴があいているだけ。この小さな穴にうまく入れるのがむずかしい。小の方はうしろへ下がり、大の時は前に移動。しかも電気が無いからヘッドランプよ!このトイレに慣れることは無いだろう!夕食は近くのレストランへ。薄暗くていいムード・・・というより電気が無い!でも食事はうまかった。バッタのフライも食べた。小エビの唐揚げとよく似た味。肉嫌いの私だが昆虫は食べられる事を発見した。

5月29日(月) マサカ県知事センピジャさん(よふぼく)の知事室を訪問。3期目の当選をしたばかりで、今期からは人気が3年から5年に変わるとの事。知事が変わると事業計画もころりと変わるので、AAAの活動にとってはセンピジャさんが知事でいる事は頼もしい。雨がどしゃ降りになってきた。乾季に入ったところなので雨を連れてきてくれてうれしいと言われる。昼食はマサカのレストランで現地食を注文。マトケ(むしバナナ)、ポッシュ(とうもろこしの粉をねって蒸したもの)、カッサバ(いも類)、各スープ(とり、山羊、牛、豆)、カボチャ、ライスが、重たいほど更に乗っている。迎えのバスが来るまで、おさづけに歩く。でもなかなか声をかけられない。シンバさんがある店の前で「よろづよ」を踊り始めた。店の人に、店が儲かるように祈ってくれと言われたらしい。いつの間にかほぼ全員が集まって「よろづよ」パフォーマンス。街の人が立ち止まって見ている。注目されたおかげでおさづけが取り次ぎやすくなった。私は厳つい男の人が3人〜4人たむろしている所ヘ行き、取り次ぎを願うと、ひときわごっつい男の人が、元気にマラリアだと言う。からかわれているのかなと思いながらも必死で取り次ぐと、とても友好的になってくれて、英文のパンフを渡すと、他の友人にも配ってくれた。その後は、ムブロ湖国立公園へ。ムブロ湖では夕陽に向かって夕づとめ。カバの上陸地点で「よろづよ」を踊っていたのでカバが上陸出来ずに、私たちのおつとめをじっと見ている。感心なカバである。注文してから2時間後に食事が運ばれる湖畔のレストランで、懐中電灯を照らしながらの夕食。待ち時間などなんのその。歌を歌ってのにぎやかな宴はあっという間に過ぎたました。夜遅くに公園内宿泊所に着くと、なんとそこは水が出る。しかも透明の水。こんな事ならしっかりと洗濯物も持ってくれば良かった。

5月30日(火) 公園内の朝は肌寒い。裏山を少し登って周りを見ると緑いっぱいの豊かな大地。なぜこの国が貧しいのか不思議なくらい。神の守護にあふれた大地。午前10時を回るとだんだん暖かくなって蝶やトンボが乱舞。ボートでムブロ湖上へ。湖上はこれ又、夢のように蝶が乱舞している。岸近くには、カバが小グループで棲息。湖岸のパピルスの林にはコブラやヘビがいるらしい。大小のワニがザーと水の中へ。ちょっとしたスリル。バッファローがスッと立ってこっちを見ている。サボテンのてっぺんには鷲のような大きな鳥。やはりここはアフリカだ!帰りはマサカ市の市場へ月次祭の買い出しに。鶏がバスの中で糞をした。それを見た5才のT君がゲロを吐く。この市場でもあちこちでおさづけの取り次ぎ。みんなすごい。ちょっとの間も逃さず、おさづけをしている。私もおじさん2人と子ども1人に取り次いだ。野菜や果物が並ぶ店先の狭い通路で人が入り乱れての中のおさづけ。しかも雨の中。日本では考えられない光景だ。真誠ウガンダ布教所が近づいた頃、道のぬかるみにはまり、バスが傾いた。男の人は全員泥の中でバスを起こす。あちこちから村の青年がスコップ片手に集まって救けてくれた。なんて親切なと思っていたが、後で一部の人が金を要求。この事件をきっかけに、私たちのひのきしん精神を伝えることができたし、女の人はおさづけをしながら帰れたし、いろんな意味で素晴しいバスのトラブルだった。

5月31日(水) EM農場見学。指導員はムテビさん。牛の放牧場を抜けて坂を下ると、テラピアとなまずの養殖池。エサにEMを混ぜているので、魚が健康で大きく育ち、しかも水がきれいになるという。牧場も臭くなく、豚小屋、も臭いが気にならない。200kgの大型豚がいた。EMを使うとよく食べて良く成長して健康でフンも臭わない。この小さな菌が、ウガンダの農業を発展させ、ひいては地球環境を救うことになるかもしれないと思った。その後、一旦、布教所へ戻って昼食をすませてから、カリロ地区へ。民家に20人位の人が待っていておさづけの後、座りづとめの練習。家の中と外に分かれて指導する。みんな真面目で一生懸命なのには驚いた。布教所に戻って若い男の人は、井戸のタンク掃除に出かける。タンクの中には大人は入れないので、いつも布教所きている子どものチョーベーが中に入って掃除をしたとの事。この子はひのきしんを体で理解している。

6月1日(木) 今日はビアンスィーさん宅の鎮座祭。私たちが滞在中に神様を祭る場に居合わせたのは幸せである。1節から12下りまで一気に踊ってその後は近所の人たちの手作りの直会。現地で出せるものは全て出したような豪華な食事。午後からはチタビヤマ小学校へ、ピアニカ贈呈。キリスト教の学校なので、校長先生は「キリストの名において」とか「神のご加護を」とか連発する。人はすでに神の守護の中にあるのよ、それに対する感謝の生活が必要なのよとか思いながら笑って聞いていた。校長の話しは、教室が少ないので子供たちはバナナの木の下で勉強しているとか、お金がなくて制服が揃えられないとか、エイズ孤児が生徒の中に80人もいるとか、苦しい現実を訴えられる。私たちは地球的規模でリサイクル運動をしている話をして、このピアニカも、ビアンスィさんが日本の中学校から譲り受けたものですと言ってピアニカを贈呈。メンバーのタカちゃんが見本演奏の後、サトちゃんも加わって2人でピアニカ指導。「カエルの唄」をマスターした先生と生徒。みんなで合奏、合唱して和気会々。その後、子供たちは伝統的な踊りを披露。わたしたちは「よろづよ」を披露。そしておさづけ。子供たちはみんな素直に受けてくれる。一気に心が通じ合った瞬間だ。おさづけはすごい!

6月2日(金) 今日は鶏の解体の日。首周りの毛をむしってから、首の血管に包丁を入れ、首を落とす。逆さにして血を抜きながら湯につける。湯から引き上げると簡単に羽根がむしれる。近所の子供たちが一瞬にして毛をむしり取る。細かい産毛をとるとるのは私たちの役目。生命をいただく事の有り難さを知ってもらう為の恒例行事である。この鶏は今夜の焼鳥と、明日の月次祭のカレーのだしと具になる。(良かったね、私たちの細胞として生まれ替わって、一緒に布教ができるんだよ)という事で、午後からは、カルングヘルスセンターへ眼鏡と酸素吸入器の贈呈。草の上に2、30人の人が座っている。脳障害の人とその家族たちだ。小学生位の男の子におさづけを取り次いだ。傍らで父親が名前、年令取り次ぎ箇所を教えてくれる。男の子は無表情。ペタンと座ったままで目がトロンとしている。おさづけの後、目に少し生気が宿る。手を握ると握り返してくれた。愛しさが溢れる。続いて重症患者棟へ。何の設備も無い部屋。コンクリートの床の上にベッドが三つ、一人は点滴、二人はただ寝ているだけ。私は点滴している女の子のおさづけ。今にも息が消えそうな人を前に胸がつぶれそうになる。おやさまおやさま南無天理王命南無天理王命救けてください!いつの間にかベッドのそばに娘さんが来ていた。お母さんの足元に自分の赤ちゃんを寝かせて、おさづけをじっと見ている。おさづけが終って足元の赤ちゃんを見ると鼻水を出していたので、又、おさづけ。すると赤ちゃんのお母さんである娘さんは、私にもしてくれと、自分の胸を指す。おさづけをすると、こぼれるような笑顔を見せてくれた。英文のパンフを渡し、お母さんの枕元にも置こうとすると、お母さんは目を開け、手を出して、パンフを受け取ろうとする。手に渡すと大事そうに受け取って握手を求めくる。感動で涙が出た。出て出て止まらない。布教所への帰り道。遠方組。近場組と分かれてバスを降り、布教所までの道おたすけしながら歩く。私は近場組で「ワリオムルワッデ(病人さんいませんか)」と声をかけると、小学生の男の子がついてこいとのジェスジャー。バナナ畑の間の細道を一体どこまでゆくのか。どんどん通りからはなれてゆく。みんなからも離れてゆく。一人で帰れるだろうかと不安にかられる。でも教祖のお供なんだと思うと心が楽になった。どれだけ歩いたのか、やっと、ここだと指をさす。小さな日干しレンガの家には、おばあさんが寝転がっている。家の中といっても赤土で、その上に寝転がっている。孫らしいき男の子が二人居て、ゴザを出してくれた。頭が痛くて、両手、両足も動かないと言う。頭、両手、両足と5カ所取り次いだ。ずいぶん長い時間のように思えた。自分の頭と体も熱くなってきて夢の中に居る様な気分になった。取り次ぎが終ると、おばあさんは非常に喜んでくれて、何度も手を握ってウエバレ(ありがとう)を連発してくる。心が躍る様な感動を覚えた。道案内をしてくれた男の子と、二人の孫が、ジャパニジャパニと言いながら元の通りまでずっとついてきてくれた。その日の夕づとめは、プリンス君の友人でサッカー仲間のユダとセイチャが入信したいと申し出た。うれしくて小躍りしちゃいそう。でも足が疲れて踊れない。座ったまま喜びをかみしめた。親神様ウエバレニョ!

6月3日(土) 今日は真誠ウガンダ布教所月次祭。我々おたすけ隊も含めて107名が集まった。神殿に入りきれず外にも人があぶれた。小鼓代わりのパーカッション、笛、太鼓、拍子木、チャンポン、すりがね、そして唱和の声。勇み切ったおつとめ。天理教の原点をまたしても体感!

6月4日(日) 今日は井戸の譲渡式と工事を手伝った人の表彰式。大勢の子どもが名前を呼ばれて表彰される。小さな表彰状を手に、はずかしそうにうれしそうに、誇らしげに笑顔を見せる子供たち。人のために役立てた事の喜びを少しでも感じてくれたかな?。夕方からはAAA杯サッカー決勝戦。プリンス、ユダ、セイチャのチーム、ルアンガとチカビアの対決だ。チカビアは前回贈られた赤いユニホームを着ている。今回優勝チームには青いユニホームが贈られる。チカビアが勝った時には、古いユニホームをルアンガチームに渡してくれとお願いしたらしく、それを快く承知してくれたチカビアに拍手し「よろづよ」で開会。村中の人が応援する中、ルアンガがPK戦で勝利。ルアンガの初勝利に全員大喜び。両チームにサッカーボールが贈られて興奮の中幕。夜はニエンドの野外レストランで宴会。一人一人が懐中電灯のライトを浴びて芸を披露。町の若者や屋台の兄ちゃんETCが観客になって拍手と笑いの楽しい宴。天理教布教師の根の明るさがほとばしる夜でした。

6月5日(月) 今まで、慎ましやかに生活したおかげで今夜から豪華なホテルに泊まれるらしい。おまけにナイル観光付き。ナイル川のブジャガリ滝では、空のポリタンクを唯一の救命具にして、滝を泳ぐ人や、広場では、木の棒に手だけで登ったり降りたりするアクロバットの男に人は30才で名はジュマイ。足の障ガイを逆にショーに利用している底抜けに明るい人。去年、シンバさんにおさづけを取り次いでもらった事を覚えていて、私もさせてくれと頼むと喜んで受けてくれた。天理教の英文パンフを渡すと、興味深げに見てくれていた。よっしゃあ!来年が楽しみや!続いてナイルの源流へ。ビクトリア湖とナイルの境へボートに乗って行く。エーちゃんがホテイアオイを流した。このホテイアオイは三ヶ月かかってエジプトへたどり着くのだ。この地はかの有名なインドのガンジーさんの骨を流したところ。平和を愛する人々が住む地である。この夜は、湖畔のホテルに泊まる。部屋はバス、トイレ付きで、バスには栓がある。湯の調節もできる。水道の蛇口もあるし、水も出る。トイレも四角い穴じゃなくて洋式便器で水洗である。ウガンダに来て初めて湯船につかる。ハアーこんな極楽を日本では、ほぼ毎日していたのか・・・・。

6月6日(火) 今日は五十嵐さんのキグング集団所参拝である。五十嵐さんは日本に居て留守なので、現地の人たちが助け合って運営している。教会のまわりでおさづけの後、湖のそばでランチを用意しているのでどうぞとの事。地元の小学生20名ほどが1人1人に握手してまわってくれる。その後、マトケ、カッサバ、ライス、チキン、テラピアがどっさり皿に盛られて運ばれてくる。昼食は、中華料理店の方方(ファンファン)飯店に行く予定だったので、小学生たちに分けてくれと頼んで、2、3人で一皿を分けて食べた。帰り際にキグングの信者さんに英文パンフを渡すと、私も私もという感じで手元にあった5部があっという間になくなった。みんな道を求めている。今、天理のTLIにいるレイモンド君が戻るまで、みんなしっかり道につないでいてね。さあ明日はもう帰国の途だ。その夜は最高級のホテルアフリカーナ泊。ディナーは芝生の上でのシェフの料理というリッチなバイキング、それもうれしいけど、なぜか懐中電灯で過ごした日々が懐かしく、もう日本へ帰るのかと思うと淋しくてしょうがない。蚊取り線香を焚きながら、懐中電灯をつけてバッタを食べている方が私には合っている。又、絶対に来るよ。大好きな子供たちに会いに。バナナ畑の奥のエスタおばあちゃんに会いに。サッカ−少年のプリンス、ユダ、セイチャに会いに。可愛いドーラに会いに。

宇野 正彦(平安・平豊)

 第6回アフリカおたすけ隊に参加させて頂き、本当にありがとうございました。そして、引率・受け入れ、事前準備など、影で動かれている多くの方々、今回諸事情で参加できなかった方々も含めて、大変お世話になりました。年祭の旬に大変貴重な経験をさせて頂けたと、思っております。支部や教区の先生方にも、不在中にご迷惑をおかけしましたし、自教会の信者さんにも、お礼のつもりで少しでも暖かいうちに、経験したことを聞かれるまま、思い出すまま話させて頂いています。
 今回個人的に海外は初めてで、最初はかなり緊張してました。現地で活動始めてみて、予想を超える現状と文化の違い、世界だすけを急き込まれている意味を痛感しました。今まで日本のしかも狭いエリアでの活動しか考えてませんでしたが、私は用木で、もちろん「おさづけ」取次人なんです。言葉は通じない、でもおさづけは取り次げるのです。世界が用木を待っていると思いました。薬もない、病院に行くお金もない、栄養のある食事も出来ない。この事は世界規模で考えれば、普通の話なんだと思いました。日本の今の生活環境が普通と思っているのは、世界中でわずかな人なんですね。水道をひねったら水が出る。その水が飲める。家に薬がある。家に電灯がある。停電はまずない。こどもでも靴を履いている。あげればきりがないですが、これらは世界レベルの普通ではありませんね。かといって、私たちに同じ生活をしろといっても無理です。ですが、感謝の気持ちを持って使わせて頂くことは出来ると思いますし、必要以上の消費することを防ぐことも出来ると思います。私たちは簡単に出来ることをまず始めたらいいんだと思います。シンバ先生が言っていたように、慎みの心を持って、日々生活しようと思います。
 それも今回現地に行ったから思うことで、ニュースや報道で見聞きするより、現地に1回行くことによって得る物が比較にならないほど多いと体感しました。願わくば、世界中の用木を待っている所に、もっと多く行くチャンスがあればと思いました。私も、今まで英語を避けて生きてきましたが、頑張ってみようと思います。
 現地では滞在中盛りだくさんの行事が盛り込まれ、シマウマやカバも、ウガンダの国旗にいる冠鶴もみれました。現地の子供達は明るく、兄弟の世話を普通に一生懸命します。親の言うことは絶対です。キリスト教やイスラム教の子も手を合わせておさづけを受け、終わったらありがとうといいます。布教所では子供達とよく一緒にいましたが、支部で少年会のご用をさせて頂いているのに、たいして遊んであげられなくて、残念でした。次はもっと技術と体力をつけて行きたいと思います。現地で頑張っておられる敬充所長さんと話していて、親神様にもたれている意識と覚悟が伝わってきて、私も負けずにがんばらねばと思いました。そして、一緒に参加した皆さんと話をしておたすけに対する姿勢や意識の高さ、様々な方面で勇んでお道を通っていらっしゃる話を聞いて、感動と勉強の2週間でした。本当にありがとうございました。お世話になりました。カニャマ・う〜やんでした。ウェバレニョ♪ウェバリラッタラ♪

山崎 栄慈(高安・渕和)

 教祖120年祭の意義ある旬のおたすけ隊は、私共、渕和の立場で言います と、高安大教会より海外部の先生をお迎えし、しかも、随行に上々々級泉東分 教会の若先生がお越し下さる。また、新たにお祀りする神実様を上々級柳島分教会より御下付頂き、御神饌物を上級島渕分教会が供えて下さり、渕和の親々 全てのお教会より親心をかけて頂きました。常に心をかけて下されております が、形として縦が全て現れていたのは今回が初めてで、その時点から理の子と して感激しておりました。実際、この度頂く現地での御守護は尋常でなかっ た。我々が必死におたすけに向わせて頂いても大した御守護を頂けずに無念に 終わる事もある。しかしそれも御守護だと励まし合い次なるおたすけに向わせ て頂く。そんな事が多い訳ですが、今回はそんな親の理を頂戴したお陰で、次 から次へとあれよあれよと不思議な御守護を頂戴しました。帰り際、弟である 所長と二人その事を感激の中に語り合ったものです。道の歩みに例えるなら ば、私共が普段徒歩で歩む道を親の理とは新幹線に乗るようなものなんだと実 感した次第です。本当にありがたいことです。
 また、私個人的には前会長様が所長と現地で受け入れをしてくれる。そし て、後継者である長男拓人(5歳)を連れての参加でした。我が家族も縦が揃 った事になる。“親から子へ、子から孫へ”が正に具現化されたおたすけ隊と 言うことになります。アフリカとの関わりから早20数年。とうとう孫の代に入 る訳です。脈々と流れる理の流れ、世代の流れを感じるおたすけ隊。おやさま ありがとうございます。 理は末代とのお言葉が胸に沁みます。“ひながたを 歩む”と一言で申せばそれだけですか、おやさまがお受取り下されると言うこ とはこう言う事なんだとシミジミ実感させて頂きます。まだまだ成人の足らな い私共ですが、参加される素晴らしい先生方に刺激を頂き、おやさまにお見守 り頂き、親神様の大きな御働きを頂戴して、私達人間の領分を精一杯つとめさ せて頂きます。くどいようですが、大きな患いも無く、日程を終えさせて頂け た事、親神様、おやさま、そして、今回ご参加の先生方に改めてお礼申し上げ ます。誠にありがとうございました。

村上 幸一(高安・泉東)

 ウガンダについて、以前から両親や敬充君からいろいろ聞かせていただき、いつか行かせてもらいたいと思っていました。今回、高安大教会海外部の視察というご命を頂き、こんなに早くアフリカ行きが実現するとは思っていなかったので少し驚きました。?安大教会の後押しを受けて、アフリカおたすけ隊に参加させていただくことができ、ありがたく思っています。

 ウガンダ行きが決まってから毎晩12下りのおつとめをつとめさせていただきました。ずっと行ってみたかった眞誠ウガンダ布教所へ到着したときは、本当に来れたんだという気持ちで非常に感激しました。

ウガンダでは美しい自然、特に夜は宝石のようなきれいな星空を見ることができ、布教所に来る子供たちも明るく目が輝いていました。そんな素晴らしい所ですが、現実は厳しく、最初の頃に布教所でおさづけしてくれと言ってきた子供は、水汲みで首を痛めた子でした。重病の人の多くはお金もなく、病院が遠いので行くことすらできずに、家にいるという話も聞かせてもらいました。

月次祭の日、親奥さんが近所へとおたすけに連れていってくださいました。廻った家はすべてたいへん喜んでくださり、丁寧にござを引いて、おさづけを真剣に受けてくださいました。敬充君、美江さん、林さんの日々の丹精、またこれまで伏せ込まれてこられた方々の姿が浮かびました。

 マイクロバスのスリップ事件もありました。少し離れた村でマイクロバスがぬかるみにはまり、村人が手伝ってくれたのですが、手伝ってくれた一部の人が、後で金銭を要求してきました。布教所に10名くらいの大人が押しかけてきて、所長さんに訴えました。周りは近所の村人、子供たちが見守り、緊迫した状況が続きました。そんな中、プリンス君が所長さんの言っていることは正しいと村人に主張しました。「以前は敬充1人ぽっちだったが、今はこうしてプリンス君のような方がいるのはありがたい」と前会長さんから聞かせていただきました。このような緊迫した状況、恐い思いや不安の中を何度となく通ってこられた現地での厳しさと苦労を想像しました。

プリンス君にはお世話になりました。井戸の贈呈式の帰り、布教所までおたすけをしながら帰ることになり、プリンス君が私と有本君をおたすけに案内して廻ってくれました。午後からサッカー大会を控えているにもかかわらず、ぎりぎりまで一緒に歩いてくれ、最後は布教所の近くまで歩いて送り届けてくれました。すぐ後のサッカー大会ではプリンス君のチームが見事優勝。有本君、セーチャ君らと抱き合って喜びました。

ビヤンスィさん宅の鎮座祭では加藤先生がお話しくださいました。「これまで長年命がけのおたすけをしてこられ、今日がある」とお話を聞かせていただき、講社第1号設置という記念すべき瞬間に立ち会うことができ感激しました。また、布教所での月次祭の日、夕づとめ後に渕和の会長さんが英語で「世界には、枕もとに食物を山ほど積んでも、食べるに食べられず、水も喉を越さんと言うて苦しんでいる人もある。そのことを思えば、わしらは結構や、水を飲めば水の味がする。親神様が結構にお与え下されてある。」と教祖のひながたのお話をされました。これまで何度となく聞かせていただいている話ですが、ナブトゥングァ村で聞かせていただく、ひながたの話はしみじみと聞かせていただくことができ、感動を覚えました。

いろいろと体験させていただいたおたすけ隊も終わりに近づき、布教所での最後の夜、隊員全員でニエンドの屋台で食事をしました。そこでのジャッキーさんの応援団のような声をふりしぼってのエールが心に沁みました。「フレー! フレー! ムソケ!」「フレー! フレー! 天理!」

期間を通してお世話取りいただいた、林さんはじめスタッフの方々、誠にありがとうございました。そしてこれからも皆さんよろしくお願いいたします。

森下 慶一(名京・前濱)

今回私は延期をお願いして1ヶ月という短い期間でしたが、尊い貴重な体験を沢山させて頂きました。
と言うのも、おたすけ隊の皆さんが帰られてから敬充布教所長さんがマラリアになり、マラリアの恐ろしさを垣間見たり、私自身が下痢になり、苦しんでいる時に、いくら日本から持って行った薬を飲んでも治らなかったのに、敬充布教所長さんから頂いた「ハッタイコ」と「おさづけ」で、鮮やかにご守護頂いたことが、なにより自分自身一番びっくりしました。
「おさづけは道の路銀」「おさづけさえしていれば、どんなことでもちょうど良いようになって、困ることが無いよ」
3年前、高安の詰所にてシンバ先生と大矢先生に出会い、シンバ先生のアフリカでのおたすけ話や大矢先生のアフリカで目が見えるようになったという話をお聞きして、当時専修科生だった私は心に衝撃を受けました。
当時専修科生だった私は、「おさづけで人が救かる」ということが、信じたくても信じることが出来ずにいました。奇跡的なご守護の世界なんて昔の話だと決め付けていたり、特別な人にしか体験できないものだと思っていました。どこか本の世界で現実感がなかったのです。
そこに山崎先生が現れ、このバイタリティー溢れる先生のお話を聞かして頂くうちに、専修科を卒業したら「アフリカの厳しい環境でおたすけをしてみたい」そう思うようになったのです。
しかし、家族では母に反対されました。でも大教会長様ならと、名京の青年会総会の日、専修科を休み、大教会に行かせて頂いた折り、ここぞとばかりに大教会長様にその旨を相談したのですが見事撃沈・・・。
「理を立てるのが先だ」その一言が重くのしかかりました。
大教会青年は1年契約で入らせていたいたのですが、結局大教会青年を2年勤めさせていただき、2年目は1人という中で疑問ばかりが積もりながら悶々とした日々を過ごしました。
そして時は立教120年祭大教会長様は正月元旦祭の講話の折りに「世間では1年の計は元旦にありといいますが、お道では、10年の計はこの1年にあるのです」と仰せられ、私はどうでもこうでも行かして頂きたいと強く願いました。
日程としてもありがたいことに、今年5月21日に中山はるえ婦人会長様をお迎えしてご臨席総会をさせていただき、22日大教会月次祭、23日おぢばへお礼参拝。これをもって大教会青年を終了させていただき3日後の26日に第六回おたすけ隊の皆さんと共にウガンダに飛び立つことが出来ました。
ウガンダでは薬も医療も無い。ましてやそれを買うお金もなく、指が破風症で腐りかけ、エイズやマラリヤで苦しんでいる子供たちが大勢いました。いたずら小僧達ばかりでしたが、あの無邪気でキラキラと輝く笑顔にたくさんの勇気をもらったのです。
今回このような貴重な尊い体験をさせていただき、生きて帰ってこれたのも「親」という「理」のお陰なのだと思います。後から母に聞かされた話ですが、私が高校の頃、日本ではないどこか外国の地で病気で苦しんで死んでいく夢を見たそうです。専修科を卒業し、アフリカに行きたいと相談したと時、家族で母だけが反対した理由もそこにあったのです。
まずは「理を立てる」ことを強調してくれた「親」に今は感謝しています。年祭の旬、さらに「親」に喜んでいただけるよう頑張りたいと思います。

山崎 拓人(高安・渕和)

山崎 敬充(高安・渕和(真誠ウガンダ布教所))

立教169年5月27日〜6月7日(ウガンダ滞在分)、第6回アフリカおたすけ隊の受け入れをさせて頂きました。
今回の参加は引率、受入れ含めて大人18人、子供1人という大勢の方の参加を頂きました。特に昨年布教所開設の時の泉東の会長様に続き、高安大教会から加藤先生、村上先生(泉東若先生)がお越し下さったことは、本当に有難く、今後の励みになりました。

おたすけ隊受け入れの2週間ほど前に、突然布教所の前の道路(ナブトングヮ⇔カリロ)にグレーダーが来て道路整備がされました。マサカタウン、ニェンドに出るときに通る道であり、カリロにおさづけに行かせて貰うときに通る道です。おたすけ隊の最中は毎日ニェンドと布教所を往復することになるのですが、その道を整備してくれたのでした。マサカから来る場合、最初は舗装道路があり、舗装道路が終わって整備された地道、さらに整備されていない地道を通って布教所に着きますが、この整備されていない地道が今回整備されたので、布教所からマサカに出るのに30分かからないようになりました。(前は40〜50分)
大教会から先生が来られることになった理で道も整備されたのかなぁ、さすが大教会だなぁと勝手に思わせて頂いています。

今回のおたすけ隊受け入れにあたり、プリンスにはマサカ滞在中はおたすけ隊の受け入れを手伝ってもらう意味で一緒に行動するように頼みました。プリンスとは修養科に行かせて貰うように頑張ろうということで、先ずはパスポートを取ったところでした。今までおたすけ隊などの受け入れは私や美江、前会長夫妻、林さんと日本人だけでしていたのですが、こちらの信者さんにもお客さんを受け入れるという感覚を養ってもらいたいという思いで先ずは一番熱心なプリンスにという思いと、プリンスがおたすけ隊と行動を共にすることで更に修養科行きが近づいてくると思ったので、プリンスに話したのですが、快く受けてくれたのでした。

カルングヘルスセンター所長のカヨンドの婚約者(同棲中)のドーラも何日か一緒におたすけ隊に同行してくれました。彼女は林さんの日本語教室の生徒ですが、今回のおたすけ隊受け入れを期に前会長さんから修養科を進められて興味を持ち、修養科に行くと言っています。

赤道で、マサカの街中で、ナショナルパークで、カンパラで、ジンジャ観光ブジャガリ滝でと、どこへ行っても皆さんがおさづけの取り次ぎを積極的にされているのを見て、また朝席夕席で皆さんの話を聞かせてもらって、やはり皆さん軽い気持ちで来ているのではないな、皆さんそれぞれの苦労や思いがあって来ているからこれだけ積極的におさづけの取り次ぎをされるんだなと思うと、私自身も改めて身が引き締まる思いでした。

5月29日、ムブロN.Pからの帰り、きれいに整備されたばかりの布教所前の道で路面がまだ固まっていないところに雨が降ったので、布教所を目前にしてバスが道路脇のぬかるみにはまってしまうというハプニングがあり、その時バスを道に戻してくれたブセケ村の住人とも一悶着あるなど、田舎ならではの出来事もありました。

今回のおたすけ隊では、ビヤンスィの家に神実様を祀らせて頂くというとても嬉しいご守護が頂けました。ビヤンスィは120年祭の今年におぢばに帰りよふぼくにならせて頂き、それだけでもありがたいことでしたが、前会長さんの声を頂いて講社として新たにスタートしたことは旬の理をふんだんに頂いているような気がします。
名前はチタビヤマ講、毎月5日に講社祭をつとめさせて頂くことになりました。私とするとおさづけの取り次ぎに歩かせて頂くだけでなく、講社祭りにも行かせて頂く御用が出来たので、また更に頑張らねばと思っています。
これからビヤンスィ一人から家族での信仰、そしてチタビヤマ講を新しい拠点として道が広まっていくことを願っています。最近私の足の身上や忙しさからご無沙汰してしまっているチタビヤマ、ガヤザ、ムウェルカ方面に一つ神様が祀られたことは、今後もまたしっかりとおたすけに行かせて頂かなければと気を引き締め直すとても良い機会になったのと同時に、こっち方面の人には朝夕のおつとめ参拝は近場のチタビヤマ講へ参拝にという話もしてあげられるし、ありがたいことです。
そして、今ウガンダで私がいろいろと素晴らしいご守護、お与えを頂けるのは、初代からお道を通ってきて下さっている親々の理を頂いていること、代々渕和の会長さんが上級におぢばに尽くし運んできている理を頂いての今があることを思うと、その上に更に前会長夫妻がウガンダへの道をつけてくれ、今も親心をかけて下さっていること、それを受けて会長夫妻もウガンダに親心をかけで下さり、親々への運び、御用をして下さっている理作りをして下さっているから今のウガンダの結構な姿があると思うと、さてこれからビヤンスィやプリンスたちが頑張っていく上で今度は私が彼らが頑張れる理作りをしなければと気を引き締めています。そしてゆくゆく彼らがおたすけに出た時にはなかなかご守護頂けないというようなことも出てくるとも思いますが、そんな時にはうちに連れてくればたすかるという拠所を、しんどくて続かなくなりそうな時に踏ん張ってあげられる拠所を作っておけるように、これから私自身がもっと頑張らねばと思わせて頂いております。

3日の朝づとめ後みんなでお茶飲んでるときにユダが信者になりたいって言い出してくれました。その後にセーチャも。セーチャは前々から確認してみようかと思ってはいたのですが、ユダが言い出してくれたことでセーチャにも良い機会が出来た感じで、倍の喜びでした。ということで二人に信者さんの証としてハッピをあげました。
通常はどうなったところで信者さんとなるのでしょうか?その辺の境目が私自身未だによく分かっていないのですが、とりあえずこれでうちには6人は確実に信者さんができたことになりました。これも教祖120年祭の旬とおたすけ隊の風が吹いたお陰だなぁとありがたく思っています。

6月3日午後2時より、立教169年6月の月次祭をつとめさせて頂きました。

役割 ておどり・・・笛・・・ちゃんぽん・・・拍子木・・・太鼓・・・すりがね・・・小鼓の順。

三座:敬充、ビヤンスィ・・・プリンス・・・チーマ・・・前会長・・・エディ・・・バッカブリンディ・・・セーチャ

前半:敬充、プリンス(よろづ、1、2)・・・プリンス(3,4,5)・・・ナーンチャ・・・ジョージ・・・サイモン・・・ルーシー・・・ミロ

後半:敬充、ビヤンスィ・・・森下・・・ジュンジュ・・・ナカイマ・・・フラスコ・・・セカタワ・・・ナムテビ

講話:加藤義道先生、村上幸一先生。

参拝者:日本人19人(大人18人、子供1人)、現地人87人(大人15人、子供72人)でした。
過去最高の賑わいで月次祭をつとめさせて頂くことが出来ました。
今月の月次祭にはカリロから大人2人子供3人の計5人が月次祭に参拝に来てくれました。一人のおばちゃんはいつも膝が痛いといっておさづけしてるおばちゃんで、実際痛そうにしているのですが、約8kmほどの道のりを歩いて来てくれたのでした。
おたすけ隊の日程の中でも31日にカリロに行かせて貰い、その時も3日の月次祭においでという話はしていましたが、ちょっと遠いこともあり来てくれるまでにはもう少し時間かかるだろうと思ってあまり期待はしていなかっただけに、余計に嬉しいことでした。

月次祭の後プリンスが加藤先生の話は分かりやすくて良かった。井上先生やシンバさんもそうだけど、いつか私にもああいう分かりやすい話をして欲しいと言われました。話の苦手な私にはなかなか難しいところではありますが、プリンスがそう言って私に期待してくれたことがありがたく、また俺ももっともっと頑張ろうという気持ちを持たせてくれました。

今回のおたすけ隊でも、受け入れの不手際が多く自分自身の反省も多くあったのですが、それ以上に嬉しい出来事がいくつも飛び出して来て、勿体ないくらいありがたいことでした。
今後もまだまた頑張らせて頂こうと堅くお誓いして、第6回アフリカおたすけ隊受け入れの報告とさせて頂きます。

林  真代(高安・天明)

第6回 アフリカおたすけ隊報告会

日時:立教169年11月25日午後6時〜
場所:高安大教会信者詰所(南右第三棟)3階修練室
内容:○開会の言葉 
   ○ご挨拶   大教会役員・詰所主任 上野主税先生
   ○第6回アフリカおたすけ隊ドキュメンタリービデオ上映
   ○参加者代表の報告 
   ○質疑応答              司会進行 山崎栄慈
   ○閉会の言葉

第6回参加者 有本嘉邦、戎居冴美、宇野正彦、榎本和人、榎本日佐子、後藤陽子、籠尾里美、加藤義道、佐々木邦子、中井貴子、村上幸一、森下慶一、林 真代、山崎栄慈、山崎拓人、山崎敬充、山崎城之、山崎純子、渡辺 茂

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