〜世界勇ませ・世界へ飛び出せ〜 おたすけ隊ネット

      

第5回アフリカおたすけ隊

〜元を知らせる〜

 アフリカのおたすけ隊が第5回を迎えることとなりました。御教えに「続いてこそ道」とありますが、切れずに5回を迎えられたことは誠に有り難く感激の極みでございます。しかもこの回を迎えた今、参加者の中から現地に定着したおたすけ活動が展開されていることはこの上ない喜びであります。
 我が身我が家の都合を捨て、系統を超えて・・・(続きを読む

佐津川守道
渡辺  茂
山崎 毅史
山崎 城之
藤原えみ子
小池知恵子 後藤 陽子


立教168年1月26日〜2月8日
 エミレツ航空にてドバイ経由ウガンダ共和国
 

日  程 : 1月26日:オリエンティーション
         27日:エンテベ空港着〜カンパラヨバニホテル泊
         28日:南浦ウガンダ出張所参拝、ナブトングァ到着
         29日:ナブトングァ界隈のおさづけお取り次ぎ
         30日:第1回サッカーAAAカップ決勝戦
         31日:ントゥンガモ県ルハマ村にて衣類贈呈式とおさづけお取り次ぎ
        2月1日:ルハマの帰り道自然公園にて遊山
          2日:カルングヘルスセンターにておさづけ取次ぎ、医薬品、めがね贈呈式
          3日:午前中準備 午後4時から真誠ウガンダ布教所2月月次祭
          4日:午前中戦費じゃ農場見学、午後センピジャ/マサカ県知事表敬訪問、公邸にておさづけの取次ぎ
          5日:村内お助け 帰国準備
          6日:ナブトングァ出発 赤道にておさづけ取次ぎ、お土産購入、帰国パティーファンファンにて
          7日:ホテルアフリカーナにて帰国準備 12時発エンテベ空港へ 
          8日:関空着

おたすけ隊ネット代表 山崎城之 「感激!感動!感謝!教祖有り難うございます」

 アフリカのおたすけ隊が第5回を迎えることとなりました。御教えに「続いてこそ道」とありますが、切れずに5回を迎えられたことは誠に有り難く感激の極みでございます。しかもこの回を迎えた今、参加者の中から現地に定着したおたすけ活動が展開されていることはこの上ない喜びであります。

 我が身我が家の都合を捨て、系統を超えて、教祖の世界だすけの思し召しを体して、世界だすけに燃えるよふぼくが、ならんなかをしっかりと心を定めて「世界へ飛び出せおたすけマン」を実働!「元を知らす」おつとめとおさづけの実働に燃える!

 今、それは系統としてしっかりを根を張り始めているのです。縦と横の織りなす二つ一つの理が活き活きと世界で息づいています。
 その一人一人が我が身思案を無くして、ただ只管教祖ひながたの道を見つめ、求めて、日々をお助けに邁進している姿は筆舌につくせない感動です。
 教祖がいかに世界だすけをお望み下されているかの証でもある様に思えてなりません。

キッカケはおたすけ隊!諭達で示された「元を知らす」胸から胸へ手から手へおさづけを通しておつとめを見習って・・・着実に現地に根付いています。(詳しくはこちらでご紹介しています)

大矢邦一

第5回アフリカおたすけ隊参加しまして、立教166年第3回、立教167年が第4回、立教168年、今年が第5回と3回連続で参加させて頂きました。

 これもひとえに、親神様、教祖のお陰で行かして頂くことができました。よもや3回も続けて行けるという夢にも思わぬ結構なご守護を頂戴致しまして、それぞれその年その年に感動を味わいつつ、帰って参りまして、自分自身も自分で自分を褒めるといえばおかしなことですが、少しは1年ごとに遅まきながら成人したかとも思います。

 今回のおたすけ隊で3つ、また新しい感動を覚えました。というのは、おさづけの取り次ぎはむろんのこと、現地の人の住まいとほぼ同じような住まいをさせて頂いたその感動、水の大切さ、やはり雨水も飲み、顔を洗い、本当に過去2回のおたすけ隊で参加したときのことを思えば、味わえないことでございましたし、また今回に先遣隊として1月12日に4名の方が行かれたその中の1人、栃木県の日光山輪王寺というお寺の住職の奥さんが参加されていました。この方はAAAで2番目に加入された古い方で、十数年経って未だにずっとAAAのお手伝いをして頂いている方らしいのですけど、中里さん、その方たちが私たちの向こうの滞在の間、食べ物、洗濯物、すべてひのきしんをして頂いて、これには私も本当に感動を覚えましたね。あまり表に目立たず、陰で我々に何不自由のないように接待して頂き、この紙面をおかりしまして、本当に厚く御礼申し上げます。まず一般の方、宗旨は違えども、やはり同じ人をたすける心をお持ちの方、本当に大変感動致しました。

 それに2番目の感動は、少しでも慎ましくさせて頂いて、それの予算の余ったのを医薬品に変えさせて頂いて贈呈したということ。これはもう大きな私たちの思い出になると思います。やはり現地の人たちは、本当に我々の60年前を思い出させてくれました。病に倒れても医薬品がなかったらどうしようもない、我々は物があふれすぎ、もう何でも捨てるというのが、美徳のように思われております。子供の遊び道具にしても、古タイヤをくるくる手で押しながら、言われるバイクのタイヤ、あるいは軽四のタイヤの古いのを転がして唯一の遊び道具にしておりました。何か私の60年前にタイムスリップした感じさえ覚えました。

 次にサッカーの試合、これはもう村中あげてだと思うのです。皆がよそ行きの服を着て集まってくれていました。私は見えなかったのですが、周囲の方がそう言っておられました。それが真剣にサッカーをする。私はサッカーについてはあまりわかりませんが。そして勝者にユニフォームとサッカーボールを2個、準優勝者にはサッカーボールを2個贈呈しました。こういうプランを企画されたシンバさん、前渕和の会長さんの企画、心にくいようい企画でございました。

次に3番目は、県知事公舎、公の場でおさづけのお取り次ぎができたということ。行く所行く所では本当にもう感動で、目の前を疑うような出来事ばかり経験しました。ツンガモに行った時には、これもまた村中上げての自分たちの民族衣装、踊り、歌、ハーモニーの素晴らしいコーラスの披露が、それぞれ身につまるような思いで私たちを迎え入れて下さって、お互いに交流ができると同時に、おさづけは皆さん参加した人、誰一人としてもう人に負けないというのがありありと感じられました。

おさづけのお取り次ぎ、私はいつも忘れないのが、

「なさけない とのよに しやんしたとても 人をたすける 心ないので(十二号90)」

このおふでさきをいつも思い出します。

また次回恵まれましたら、チャンスがあれば、またという機会を願って、今日の感想にかえさせていただきます。

榎本日佐子

 教祖120年祭の1年目に第3回おたすけ隊に参加、120年祭仕上げの年に第5回おたすけ隊に参加できました事、健康を御守護いただいているお蔭様とまず親神様、教祖に感謝申し上げます。

 26日春季大祭後、三殿にて、出発のご挨拶を拝し、詰所にて、上野主任先生に「本物のおたすけ人に」と激励のお言葉を頂戴し参加者九名、しっかりと心に収め関空に向けて出発、23時15分離陸、翌日27日8時間のフライト、ドバイ空港へ到着。早速、前回同様おつとめ・よろず八首をつとめさせていただき、待合室の大勢の人たちが一勢に私たちを見ておりました。パンフレットを渡し快く受け取っていただきました。皆さん目を通してくださっていました。

 8時間の待ち時間後ドバイよりエンテベに乗り継ぎ6時間のフライト、エンテベへ到着。ウガンダ布教所長ご夫妻の出迎えをうけ、布教所のあるナプトングァへ。

 29日、ナプトングァ村、おたすけ前回の時は、マーケットの広場、学校の校庭等に村人に集まってもらって、病院、又診療室をもうけて、診療の終わった人達におさづけをお取り次ぎさせていただいたのですが、今回は、一件一件個別に廻らせていただきました。「病気の人はいませんか」と現地語で(たどたどしい)声をかけると、手まねきして呼んでくださり、木陰でおとりつぎさせていただこうとすると、家の中へと指をさし新しい普段は使わない様な花ござを敷いてくださり「ここへ」と云う事で、前回の時とは大分違っているように思いました。それも、ウガンダ布教所長がムソケ(現地語)毎日丹精されているのだなと感激しました。おたすけロードですれ違う人にも、声をかけ立ったままおさづけをさせていただいたり、皆にこにこと、言葉をかけて握手をしたりあの家にも病人がいるよとおしえてくれたり夢中でおさづけをさせていただき布教所に戻る頃は、時間の経つのも忘れるくらいでした。

 31日は拠点地よりまだ奥地ントウンガモ県に車で2、3時間位の所へ、衣類や救急車など贈呈した村へ、村人、子供たちも含め500人以上はいたでしょうか、大歓迎で迎えてくれました。
 現地の歌や踊りを見せてくれ、その後、おたすけの時間も作って下さり、それぞれがおさづけをお取り次ぎさせていただき別れを惜しみながら帰って参りました。 

 2月2日は、3日がウガンダ布教所の月次祭にあたりますので、前日ひのきしん、2年前は、まだ土間で寝袋で寝ていたと聞いていましたが、今は、炊事場、二段上って食事場、二段上って神殿、閉じ切りで寝室、二段上って事務所兼寝室と、全部コンクリートになっていて、裏庭にはEM畑がトマト、キューリ、小松菜、バナナ等々実り選物もじか栽培が出来る程。

 2月3日月次祭当日、朝から直会の準備、地元の人からにわとりを3羽分けてもらい、それをさばく、生あるものをいただく、それだから美味しい美味しいと云って食べる、教祖のお言葉にもあるが、食事の時は、前会長様がよく話す、「おいしいおいしい」と云って食べるとそのものが人間になりからだの細胞になるんだ」と、マトケ、ジャガイモ、人参、玉ねぎ、とり肉等、具たくさんのカレーを仕込む炊事も水道があるわけでもないので車で1時間くらいかけて水タンクに何個も汲みに行き、又、雨水も利用し食品を洗ったりは、まず始め残り水で食器を洗い何回も水を使えないので太陽の熱で消毒を兼ねて、乾かすという方法、洗濯機もしょっちゅう停電するので、電気のある時だけ、日本での生活をしている私達は、ほんとうにもったいない、無駄使いできないなと、今、感謝、慎み、助け合いと段幕にかかげてある通りである。
 いよいよ月次祭が午後4時から始まるとの事で早くから村の子達は集まっていた。布教所長ご夫妻と村人と子供達50名位と私達おたすけ隊九名、先に来ていた4名の方とで、にぎやかに三座のおつとめに続き、12下りと鳴物は、布教所長の拍子木に合せ、太鼓(現地の)2基、すりがね、チャンポン、笛、皆、鳴物は村の子供達が受持った。良くここまで仕込んだなと感動の月次祭でした。

 直会も、おいしいカレーで村人、子達も大喜び、楽しい一時、うす暗くなる迄、子供達は帰ろうとしませんでした。

 2月4日、カルングヘルスセンター之薬の贈呈、おたすけ、その後、マサカ県知事表敬訪問。県知事はご承知の通り、おさづけを拝戴している方です。そこでも、次から次へとおさづけを願って来てくださり、思いがけず、県知事公館でおさづけのお取り次ぎが出来ました。

 5日、終日おたすけに廻らせていただき初日より書きとめておいたおさづけの数が88回目になっていました。

 6日、カンパラに出て、お土産などの買物、夜は、ホテルで14日ぶりのお湯の出るシャワーに入らせていただき、ゆっくり休ませていただきました。

 いよいよ7日、布教所長ご夫妻、前会長ご夫妻、10年現地にとどまるといって下さる林さんが、エンデベ空港迄見送りに来てくださった。本当に色々とお世話になりました。15時55分、エンデベ空港出発、

 8日、関空、16時25分着、関西の方達とお別れ、隊長(大矢先生)が最後にご挨拶された中でアフリカで大勢の方におさづけを取り次いだが、これでおごることなく、これからも一生懸命やらせていただきましょうとの言葉が耳にやきついています。

 このアフリカでの誠真実の心での涙を流してのおさづけ、私は忘れません。全員無事帰国出来ました事、親神様、教祖におつれ通りいただきまして、厚く御礼申し上げます。

皆々様にも大変なお世話になりましてありがとうございました。

8日、21時30分、無事帰宅させていただきました。

後藤陽子

 第4回に続き第5回にも参加出来ました事、心よりお礼申し上げる毎日です。感想を述べさせていただきます。随分たくさんの事を体験させていただきました。全てを聞いてほしいのが、本当の所ですが、ほんの一部です。

 村の子供達との再会

 ナプトングァ村について車から降りるとハッピを着た子供達が「ようこそ こんにちわ」の大合唱のもと私達を迎えてくれました。見覚えのある顔も。1年前、又来るからね。との言葉を胸に秘めての1年間、行く先々で出会った現地の子供達の無邪気な、明るい笑顔が何度も思い出され、どうしても今年も来たいとの思いが増すばかりでした。再会出来た嬉しさは、例えようもありませんでした。昨年は、みよう見真似で、あしきはらい・・・と私達を見ながら、お手をふっていたのが、今回、事あるごとに布教所にやって来ては、おつとめのおうたを唱え、手をふり、夕づとめには我先に鳴り物を勤めたいと、名のりをあげ、元気に勤める姿は、頼もしくて嬉しいのもでした。どんなに親神様や教祖が喜んで下さっていることでしょう。教祖が何度も側においで下さっている実感もいたしました。

 おたすけをウガンダ語で

 今回到着した明くる朝には、おたすけの上でのウガンダ語の勉強をしました。昨年と比べると本格的な内容でした。講師は、日々おたすけに廻られている所長さんです。即実践でおたすけの時は、大活躍のノートでした。言葉にしろ生活にしろ、相手のことを知ることは大きいです。挨拶はもちろんの事、「日差し強いネ」なんて声をかけれるし農作業をしている人に、「お疲れ様」と言ったり、「7時に夕づとめに布教所においで」も伝えられて、学ばせてもらって、とても嬉しかったです。おさづけの時も、頭痛とかマラリアとかウガンダ語で尋ねたり、聞き取ったり、それだけでも取り次ぐものとつがれるものとの信頼関係は、芽生えたと思います。一番長ゼリフの オブルミボデブルミ グァンゲ イエンソガ ルワッチ ンコゼサ エンガロ ザンゲ  オクサビィラ (あなたの痛みは私の痛みです。だからこの手を使って祈るのです。)おさづけをとりつがせていただく時に使いました。日本に帰って、今一番スムーズに出てくる言葉がこの言葉です。スラスラ出てくるのには、ちょっと不思議です。むこうではなかなか覚えられなかったのに。    もう一度会いたい少年

 現地人の泊まるホテルで今回泊まりました。このすぐ側に昨年泊まったホテルがあることが解り、このホテルの受付の女性マーガレットさんに、会いたくて訪ねることにしました。夕づとめ7時の40分位前のことでした。いつも、いつのまにかすぐ子供たちが着いて来るのですが、この時も一人の男の子が着いて来ました。そのホテルに行く事を話しながら、大きな道路に出た所で声をかけた人に、おさづけをとりつぎましたら、アッという間に大きな人垣が出来、身動き出来ない位囲まれ、次々と、おさづけとりつぎを求められました。夕づとめに遅れたら、皆に心配をかけるので7時には帰らねばならない、私の泊まっているホテルを伝え、来て下さればとりつがさせてもらうこと、片言の英語で伝え帰りました。男の子は目的のホテルに行かなくて良いのかと心配してくれたのですが、帰らねばならないと伝えるとこの子ともう一人着いて来ました。入り口で皆に帰った合図を送れたので、ついて来た男の子におさづけを取り次がせてもらい、先の男の子にお礼を言うと、僕にも取り次いでほしいとのことでした。最後まで待っていた男の子の様子に、気が付きハッとさせられその姿は誠に慎ましやかで気高いものを感じました。又、もう一人会いたい青年がいます。日本に帰る前日に出会ったので、時間が無く別れました。この方には、親神様の教えをお伝えしたいです。

 鶏をしめて食べたこと

 今回の日程中2月3日は、真誠ウガンダ布教所の月次祭でした。忘れられない月次祭です。子供達の鳴り物と一緒に勤めさせていただきました。参拝の方も、村の大人子供達50人程来て下さいました。おつとめ後の直会にチキンカレーを皆でいただいたのですが、このカレーのお肉は、この日の朝に私たちでしめた三羽の鶏が入っていたのです。実際に首を落とし、毛をむしり・・・鶏の今わの様子を一部始終目にしました。本当は、私は10歳の頃の体験で、お肉は苦手だったので手伝う勇気はなかったのですがシンバさんにしっかり見届けるよう言われました。「こうやって、いろんな生き物の命をいただいて私達は生かされているんだよ。」と教えていただきました。日本にいては自分の手を汚さずに何でも口に入ります。この度ちょっぴりでは、ありますが、私のこの手で、さっきまで元気に動いていた鶏さんの毛を、むしりました。あの感触は想像では解りません。どうやって一羽の鶏が、食べるためのお肉になるのか、体験して初めて解りました。あの日いただいたカレーから、たくさんの事を学びました。

 水のご守護

 お水には、随分不自由しました。けれど、それは、困ったとかイヤだったとかでなく心から、ありがたみを解らせてもらったということのように思います。余程の事でないと日本にいては、不自由しようにも、そういう状況におかれません。もし、そうであってもたすけの手はのべられますし、一生不自由ということはないと思います。現地の人達は多分、一生、蛇口をひねれば、清潔な水がいくらでも、という日は来ないだろうと思います。井戸は、何箇所かは、掘られてはいますが、誰もがその恩恵は受けられませんし汲み置きも限られます。車で移動中、この道に水道管がつく日が来るだろうかと思いながら延々と続く赤土の道を見つめました。今、又もとの便利な生活に戻った私ですが、以前よりは、感謝の気持ちでお水を使い、少しでもムダ使いしないよう気をつけるようになりました。

 これからの私

 2年目で見えてきたことは、大きいように思います。でも、1年目がなければ2年目は見えてこなかったのだとも思えます。この度、出会わせていただいた中で、どうしても教えの中味を伝えさせていただきたいと思う事が、いっぱいありました。言葉が充分通じない中、何を、どう伝えたいか、伝えられるか、もどかしい思いをしました。でも、伝えたい。それには、この一年の間に、自分自身がどれだけ成人させていただけるかが、先決と思います。アフリカでのパワーを日本でも!少しずつ実行中です。

 いろんな方のお陰で体験させていただけました。親神様、教祖いつも、お連れ通りお見守り

いただきましてありがとうございました。ご縁をいただいた方、全ての皆様ありがとうございました。まことにありがとうございました。

戎居冴美

 第5回アフリカおたすけ隊の一員として1月26日本部春季大祭に参拝させていただき、その後23時15分関西空港を出発し、機上の人となりました。
 日本からドバイまでの機中で、
 思いおこせば、昨年の第4回おたすけ隊に参加させていただきましたが、この時は参加することが決まってから、この年令(72才)、この障ガイ(盲目)の身で参加し、任務の遂行が出来るかと不安になり、体調を崩して何度も病院へ行きましたが、なかなか良くなりません。そこで親神様におすがりしなければならないと思い、今まで毎月30人の心定めの、おにをいがけ・おたすけさせていただいていましたのを50人に増やしました。
 その時から不思議と体調が良くなり、第4回おたすけ隊より帰国してからは、70人に、その後、もうひとふんばりと頑張って、現在は100人を目標に心定めさせていただいております。
 昨年は素晴らしい1年でした。あれこれと思いめぐらしているうちに、ドバイに着きました。ここで乗り継ぎのため、8時間待機、ケニア/ナイロビ経由エンテベに到着。ホテルに一泊しました。
 翌朝、赤道付近をおにをいがけ、おたすけをしながら、マサカ県ナブトングァ村の真誠ウガンダ布教所に着きました。
 ここでは、現地の子供たち、20人くらいがハッピ姿で「ようこそ こんにちは」と大歓迎してくれました。子供たちは朝晩のおつとめも、鳴り物も上手なっておりました。
 次ぎの日は、村の皆さんが待っていてくれるとのことで、おたすけに行きました。私は60才の目の悪い人におさづけのお取り次ぎをさしていただき、喜んでもらいました。この人が、後ろを向いて「皆さんいらっしゃい」と言って手を振ると他の人も集まってくれました。村の人達に天理教の素晴らしいお助けの有り難さが、隅々まで浸透していることが感じられました。
 布教所の所長さんは、毎日出かけて40人くらいの人におさづけをしているそうです。
 次ぎの日は104才のおじいさんにおさづけのお取り次ぎをさせていただいたことや、54才のご婦人は、肩と腰が悪いというのでおさづけのお取り次ぎの後、少しマッサージをさせていただくと、大変喜んでもらったことが印象深く残っております。
 マサカ県知事に表敬訪問した時には、新聞記者やテレビ局の取材も受け、知事邸ではご馳走にもなりました。
 その他衣料、メガネの贈呈には、一人一人手渡しました。その後おさづけのお取り次ぎをさせていただきました。
 教祖のお伴をさせていただき、ウガンダに行ったことは、素晴らしい夢の様な毎日でした。この旅に、気持ちよく送り出してくれた主人、1人では何も出来ない私に付き添い助けて下さった皆様のお陰でこの旅を終えることが出来ました。
 この恩返しは親神様が望まれる素晴らしいよふぼくとして、おやさま120年祭仕上げの年に頑張りたいと思います。
 おやさまの教えを信じ、人を信じ、自分を信じて、残りの人生を前向きに、充実して生きたいと願っております。