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一ヶ月近く滞在したのでいろいろな事があり、自分自身の未熟さをつくずく感じたのとともに、アフリカの人々の素晴らしい心根に感動し、心が救われました。ケニアのボンドの町に五日間滞在しました。その時にホテルから歩いて道を行く人に「ウコナ ムツムゴンジュワ」どこか具合の悪い人いませんか?と声をかけて回りました。道端で一人おさずけをさせて戴くとあっという間に人だかりが出来て次から次へとおさずけをしてほしい人が集まって来ました。行く所々で素晴らしい歓迎を受け、喜んで下さる姿をみて感激し、心がどんどん勇んでいきました。 そしてボンドからウガンダのカンパラの町に移動中に大事故に巻き込まれそうになりました。大型バスが中央分離帯を越えて車体をぐらんぐらん揺さぶりこちらに向かって来ました、ドライバーさんは急ブレーキをかけバスをすれすれでよけて、車はそのまま止まっていたタクシーにぶつかり土手から半分落ちかけて止まりました。バスも坂の途中で無事に止まり、私たちも無傷で車も故障はなくそのままマサカに向かいました。このときは、本当に死ぬかと思いました、生きていた!助かった!とわかったとき、親神様の存在を強く感じさせていただきました。 そしてカンパラからマサカの事務所に移り二週間ほど滞在しました。そこでは、土間にゴザを敷き、寝袋で寝る、水は井戸にくみに行き、夜はランプで過ごすサバイバル生活でした。仲間たちと協力して過ごす日々はとても楽しいものでした。 近所の子供たちとお勤めをしたり、遊んだり、病気の子にはおさずけを取り次ぎ、現地の人々とのふれ合いが本当にたのしい思い出をたくさんつくってくれました。貧しくて学校に行けない子供達も、そこぬけに明るく、毎日勇みきって家のお手伝いをして笑顔で生活しています。そんな姿を見て、ごく当たり前に、日本で、のほほんと生活させていただいている事がとてももったいなくありがたいことだと感じました。 なんの不自由もなく物がありふれているありがたさを本当にわかっていなかったと申し訳ない気持ちになりました。今回もおたすけ隊の参加を導いてくれた義兄と姉に本当に感謝しています。こんな素晴らしい体験をさせていただきありがとうございました。 今回参加させていただくにあたり、たくさんの人たちの協力を得て行ってくることができました。山崎先生ご夫妻はじめ義兄姉、家族やメンバーのみなさん本当にありがとうございました。これからも、この素晴らしい体験をいかし、教祖につかっていただきやすい用木に成人させていただけるように努力して行きたいと思います。 おさづけの取り次ぎ 2、ピアニカの指導 |
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昨年、シンバ先生に無理言ってデモンストレーションを今回の会場となったマランダハイスクールで披露した。終了後オキディさんから今度は、空手着をプレゼントして下さいねと言われ、その時は笑って返事をするだけであった。ところが、今年も参加することになり急遽知り合いに当たって道着を30着程集めた。セミナー終了後の空手部顧問の先生が昨年の約束を守って頂いて…。という言葉には、自分自身実現するとは思っていなかったので、不思議な感じがした。 |
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今回の渡アフリカは今までになく感じるところが多くありました。一番感じられたことは、教祖が身近に感じられた。ということです。具体的には、この教祖の教えが、相手が人間であれば、時代を越え、土地を越え、文化を越え、言葉を越えて通用すると言うことを実感しました。 |
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簡単に掃除と寝場所確保(家の床はまだ仕上げをしておらず、最初に打っただけで、所々コンクリの砂利が出ていて、また工事をしたそのままだったので、砂やコンクリの粉が大量にあった)。水汲み(水汲みは家から1〜2キロの所にある井戸。20リットルポリタンク1本入れるのに80〜100回漕ぐ。子供たちは歩いて水を汲みに行く。ウガンダは丘ばかりで、普通家は丘の中腹にあり、坂を下って水を汲みに行き、帰りは水が入ったポリタンクを持って坂を登っていく)、洗濯(全て手洗い)、椅子やスノコ作り、炊事(調理器具はあるが、設備は全く無し。台もシンクも無し。)などとおさづけ。 みなさん散歩に出かけておさづけをしたり、マトブ(隣のにいちゃん)やムティアバ(飯のおばちゃんの子供)、またおさづけをした人に、家に来るように言ってから、少しずつおさづけをしてもらいに来るようになった。僕が知る限り、3人が天理教を勉強したいと言っていた。(一人は酔っていたけど)今度来るときにはもっと詳しい本を持ってくること、自分ももっと勉強して教えられるようになってくる。と言っておいた。一人は教典をあげて、彼は天理教になると宣言していた。(ビデオに撮ってあります) 去年まで長期滞在中、自分だけのときは、話の中で病気だと聞いたら、じゃあおさづけさせてくれとか、続けてしている人にするくらいだったが、今回のお助け隊では、皆さん病人を探しておさづけをして、その勢い が今回、大勢(自分だけでも40〜50)におさづけができた。ある時は夕食の準備が出来て食べる所なのに5〜6人が訪ねて来ておさづけを取り次がせてもらっていてなかなか夕食を食べられなかったり、また天理教のことをもっと知りたいと言う人が出てきたりで・・・。 朝夕のおつとめには、近所の子供たち(5〜6人。多いときは10人以上)がだんだんと集まってきて、大人も何人か来るようになり、マトブはハッピをきて参加したり、子供たちは、第一節の歌を覚えたり、すごいにおいがけが出来ているなと思った。 衛生指導はカヨンド君(カルングヘルスセンターの所長)が思った以上に頑張ってくれて、思っていた以上に成功で、自分自身こんなに集まるの?って感じで感動した。当日、2時から始める予定でいたら、午前中曇り、雲行きが怪しく昼頃雨が降って、今日は人が来るのか?アンビュランス(AAAで贈呈した救急車)はたどり着けるのかと不安になった。が、雨がやみ、3時前にはカヨンド君達も来て衛生指導が始まった。マサカからも衛生指導のチームが来て、それぞれに専門の分野のことを講義した。センターで始めたが、だんだんと人が増え、入りきれないようになり、急遽外ですることになった。6時くらいまで続いた。その後病気の人はセンター屋内でおさづけ。これも多かった(40〜50人いやそれ以上)。 |
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こんな軽い気持ちで参加させて頂いたおたすけ隊だったのですが、1ヶ月で様々なことを経験し、少しは成人できたんじゃないかなと思っています。伝えたいことは山ほどあるのですが、ここではウガンダでの生活から学んだことを書きたいと思います。ウガンダではナブトングァ村というところに滞在していました。この村は、水道はもちろん、電気もガスも通っていないところです。なので、水は現地の人たち同様、家から何キロも離れた井戸へ水を汲みに行き、それを大切に大切に使わなければなりません。 シャワー(水浴び?)は、桶に一杯分の水しか使えなかったし、食器を洗うにもお米のとぎ汁を再利用していました。好きなだけ水を使える日本に比べ、水の使い方にまで気を使わなければならないこの村は、なんて不便なところなんだろうと思いました。 日が暮れれば真っ暗だし、寝袋の近くからトカゲは出てくるし、正直、村に着いて初めの3日間ぐらいは、首都カンパラに戻りたくて仕方なかったです。しかし、住めば都とはいうものですね。確かに苦労は多いものの、バナナの木が生い茂る自然豊かな環境、陽気な村の人たち、そして、クリクリとしたかわいい目の子どもたちを見ていると、心が癒されてくるのです。 つい最近、日本で水を出しっぱなしにしたまま歯を磨いている女の子を見かけました。その姿を見て、なんてかわいそうな人なんだろうと思いました。なぜなら、その人は水のありがたさが分かっていないから…。当たり前のように水を手に入れることができ、その大切さに気づいていないのです。 便利なことは良いことだけれど、その便利さに慣れてしまうほど怖いことはありません。簡単に物が手に入る・使える。そんな小さな幸せより、どんな中にも物の尊さを見つけ出せる心を持つ方がずっと幸せだと思います。物がありふれる中で不足をし、そのありがたさに気づけない我々日本人。 不便な生活をしながらも毎日を楽しく生きているウガンダ人。どちらが本当の陽気ぐらしをしていると思いますか? ウガンダで生活をして、『当たり前のことをありがたいと思える心』の大切さを知ることができました。私は、こんな豊かな心をもったウガンダの人々のように、何事にも楽しさ、嬉しさを見出せる人になっていきたいです。 最後になりましたが、こんなに素晴らしい経験を与えて下さった親神様、おやさまAAAの皆様、そして一緒に旅をしてくれた方々、本当にありがとうございました。 |
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1・アフリカへ向けて 2・アフリカの大地に到着 3・これから・・・ 4・ピアニカ指導 |