第2回( 第1回宇龍隊)アフリカおたすけ隊
〜教祖との出会いアフリカで〜
高安大教会役員上野主税先生の壮行のお言葉を戴いて勇んで出発!
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大祭終了後祈願のおつとめをして 勇んで!出発
参加者
A班:小崎浩司、阪本起三子、福本雅彦、福本道子、森本正典、山崎城之、山崎純子、
B班:石原藤彦、高野美江、中西こと、廣田好美、山崎栄慈、
受入者:山崎敬充
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昨年天理教の祈りを教えて欲しいと言う村の長老からの要請に答えて、おたすけ隊全員総立ちで12下りのおつとめを勤めさせていただいた。
この日は、摂氏35度を越える暑さ、干ばつが6ヵ月も続いていた乾燥の中であった。
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カニケラ村についてすぐに村長から、「昨年約束した天理教の祈りを・・・」との声に答えて、4節5節を総立ちでつとめさせていただいた。
木陰でも午後の日差しはきつい・・・途中で熱中症で倒れる人が出なかったのはご守護である事が後で解る、しかも半年以上雨が降らない乾き切った空気の中でのおつとめであった。精一杯の声を出してのおつとめは人々に感動を・・・教祖が・・・親神様が・・・隊員の真実をお受け取り下された事はその後のおさづけで証明された。どの隊員の前にもおさづけを待つ人々が並ぶ、そして次から次へと不思議なご守護が続く・・・。
オキディさんの家から遠い水汲み場まで全員で体験、お母さんを始め家族の人々の喜びは大きかった。12、00キロ離れた遠い日本からわざわざ来て大汗かいて、水汲みをする。「今までの白い人たちは、金は持って来たが私たちの命令するだけだった」と、よふぼくには当たり前のひのきしんが現地の人々の心へ大きく働いた。
スイテルホテルでは昨年おさづけを受けてくれた人々が、他の人を連れて来ておさづけを願い出た。従業員が交代でやって来た。支配人は、おつとめの部屋も用意してくれた。おつとめ後のミーティングは、感謝!感動!感激!喜びは涙と共に・・・くちゃくちゃになって語り続ける隊員に時間の過ぎるのは忘れられている・・・。
A班は帰国、B班は更に奥地のウガンダへ・・・励まし合い別れを惜しみ合って・・・・・
A班
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敷島・宇龍 会長 小崎浩司
「あ!・・・」治ってる。自分の目を疑いました。目の前に横たわっている人は、昨日確かに左足の外側がいたるところ穴があき膿んでへこんでいたのです。一夜の間に傷口が埋まり、僅かに足の甲の小さな傷口だけになっていました。
「おやさま」ふっ、と頭をよぎりました。おさづけを取り次ぐ手に力がこもります。
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前日は、ボンドへ来て3日目。午前中はランブク小学校訪問。小学校へピアニカの贈呈、歓迎セレモニーなどの公式行事を済ませ、昼食にホテルへ帰ったが午後はダウン。
日本出発の時から体調不良で、関空で診療所のお世話になって何とかケニアに来たので、無理がきかない。おかげで、食事の時は主役になれず、脇で眺めているばかりでした。
その日は、激しい下痢のため、昼から部屋で休んでいたのです。少し眠ったのでしょうか。ふと気が付くと、部屋の天井に朝礼での山崎栄慈さんの顔が浮かんできて、彼が「今日は後悔する事の無いように、しっかりおさづけを取り次ぎます。」と言った言葉を思い出しました。・・・こんな事してる場合と違う。後3日しかないのに、このままだと後悔だけが残ってしまう。
午後四時になってましたが、日没まで三時間、このホテルの近所だけでも歩こうと思って、一人で外へ出ました。通訳をしてくれる人もいません。もちろん知り合いがいる訳でもありません。ケニアに来てから、「貴重品は気をつけてください。一人歩きは危ない。」等、治安の悪さを強調されておりましたので、少しビビリながら、スワヒリ語で「イコナ ムツ ムゴンジュワ?(病人さんはいませんか)」と声をかけて道を歩くのです。日本では考えられないようなにをいがけです。
最初出会った12、3才位の少女が、手招きするので付いていったのが、このおさづけを取り次いだ人の家でした。
この家を訪ねてこの方を見た時は、一瞬たじろぎました。大柄な男の人が素っ裸で溲瓶をつけたまま、何をしに来たというような猜疑の目でこちらを睨みベッドに横たわっていました。覚え立てのスワヒリ語で「マハリガニ バーヤ?(どこが病気なんだ)」「ナタカ クォンバ ナ ウェウェ(あなたのために祈りたい)」と言うと、おもむろに、手で頭と腹と足を指さしたのです。おさづけを取り次ぎながら、足を見た時には、背筋に悪寒が走りました。一瞬エイズかなとも思いましたが、必死でおさづけを取り次ぎ、その家を後にしました。名前はTyson Owiti Ndiege。年齢40才。
この日は午前のランブク小学校の帰りに、2月2日ケニア共和国に来て以来、はじめてカニケラ村でお助けさせて頂いた
Gaodencia
Batyという75才の老女の家に英語のパンフレットを仮の目標に、朝夕、手を合わせ「南無天理王命」と唱える事を約束してもらい、カニケラ村を離れた日でした。
このお婆さんは胸の痛みと咳でかなり衰弱して、今にも出直しそうな人でしたが、三日のお願いですっかり良くなり、御守護頂いたのでした。
お連れ通り頂く中に、おさづけの効能の理をまざまざと見せて頂き、ボンドでのおたすけ二日目には、この男性は一夜の間にも助けるという神様のお言葉通り、御守護頂き、本人はもちろん、家族も大変喜んでくれましたが、その時初めて、妹さんからこの方はナイロビで交通事故にあって、今のようになり、口も利けなくなったと聞かされ唖然となりました。改めて、目の前の病人のお助けを心に誓い、分かったようで、本当は何も分かっていない自分の不甲斐なさと、またこの土地には、大勢の病人がいて私たち、おさづけ人が必死でお助けに回らねばならないところだと、感じたのであります。そして何とかこの家にも足がかりをつけたいと思い、話を取り次ぎ(2日目は通訳が付いてくれたので、ある程度話ができた)、老女の家と同様に英語のパンフレットを仮の目標に、朝夕、手を合わせ「南無天理王命」と唱える事を約束してもらいました。
翌日、帰国に向けナイロビへ出発する前に、別れの挨拶をしに行くと、その男性は私の手を握り、必死で何かを訴えているようでした。
「また帰ってきます。必ずこの地に天理王命の神名を唱える拠点を築きます。」
と約束して、帰国の途に付いたのです。
今回、ケニアを訪問したのは、1988年11月以来、13年間の長きにわたって、ケニア奥地で現地の人たちと共に、小学校建設のボランティア活動を続けてきた阪本明(柳布教所子弟)君が結婚を機に夫婦で常におさづけを取り次いで行こうと決心し、学校建設のボランティア活動の傍らケニア布教を志して下さいましたので、布教地の選定、また布教拠点設置の下準備のためでありました。当教会としては、二人に対して全面的に協力、支援して行くつもりです。彼らの後方支援活動を地道にやって、ケニアとの繋がりを持つことによって、新しく海外に目を向ける布教師の養成もできれば良いなと思っています。
今回の訪問で、布教地はボンド県(ナイロビから北西に約500キロ)に決定。布教拠点にはカニケラ村、村有地を借り受ける事が出来、来年の教会創立80周年事業として、具体的に出張所設置の目処も立ち本当に今回の訪問団(世界おたすけ有志会)は大変有意義でありがたかったのであります。
私自身、おさづけのお取り次ぎをする中で、おやさまが、おぢばから遠く離れたケニアの地でおはたらき下さる姿にただ感激!感激!の連続でありました。この感激を忘れずに、日本でもお助けに励みたいと思います。
宇龍ケニア出張所調査報告書
設置場所
[国 名]ケニア共和国
[布教地域]ニャンザ州ボンド県ラリエダ郡アセンボ中央カニケラ村
布教拠点建設について
建設予定地 ボンド県アセンボ中央カニケラ村
借用土地 カニケラ村の村営地
面 積 約2万坪
建設予定家屋 トタン葺きブロック造り平屋建て一棟約154平方
付属設備 井戸掘り、電気の導入、電話回線
※この建物を建設するまでは、知り合いのオキディ氏の持ち家をお借りする。
◎将来の見通しとしては、1年以内に出張所の設置。
[調査時期]2002年2月
[誰に対して]カニケラ村評議員、村民、ランブク小学校長、PTA会長、役員
[どのように]カニケラ村発展援助会議での聞き取り調査。ランブク小学校聞き取り調査。村内民家訪問、聞き取り調査。
[調査により判明した問題点]住民の48%が病気(コレラ、マラリア、エイズなど)。
カニケラ村は無医村。雨が少なく昨年(2001年)6月以降、雨が降っていない。井戸は村内に一基。井戸が少なく、一つの水源地でかなり広範囲の人々が飲み水、洗濯、家畜の飲み水などに利用している。かなり非衛生的である。村は貧しく自給自足の農業とわずかな家畜以外に産業がない。子供達が水くみ等で学校へ行けない。学校の校舎も不足。村内に小学校は二校。(ランブク小学校の全校生は375人)
小学校への就学率も50%(席はあっても学校へ来られない子もいる。)学校自体もそんなに恵まれているとは思えない。仕事は、農業が主であるが、その日暮らしが大変多い。
第二回アフリカおたすけ隊参加報告書
1月26日(土)おぢば 14時
南礼拝場にて出発式ー高安詰所一7時
27日(日)櫟本5時30分 リムジンバスで関空へー
関空8時50分ー関空10時50分ーKLM868便
28日(月) ナイロビ着
29日(火) ナイロビ7時発 長距離バス
にてガリッサ一3時着
30日(水)ガリッサ現地活動視察
31日(木) ガリッサ7時発 長距離バス
ナイロビ一三時着
2月 1日(金)
ナイロビ10時発 ワゴン車ーボンド一21時着
2日(土)
ボンド/カニケラ村、オキディ家訪問、水源地、診療所建築現場視察、ランブク小学校訪問、12下りてをど りまなび、
おさづけ取り次ぎ Arthur
Ogola65(男)頭と胸の痛み、Gaodencia
Baty75(女)胸の痛みと咳(寝たきり)、Jojysingu Orong
16(男)胸。
3日(日)
ボンド 干上がってしまった水源地ダム三カ所視察、井戸視察、地元の高校訪問、空手の指導、空手道着贈呈
おさづけ取り次ぎ Get Ruda Aguanc80(女)頭と胸、John
Musdo35(男)熱、Gaodencia
Baty75(女)胸の痛みと咳(寝たきり)
4日(月) ボンド ランブク小学校訪問、ピアニカ贈呈
他2校にも贈呈
おさづけ取り次ぎ Timote
Oteno7(男)手のけが、Helen Otieno27(女)マラリア、Tyson
Owiti Ndiege40(男)交通事故で寝たきり、Mary Anyango
6ヶ月(女)乳吐き、Evans Owiti13(男)マラリア、Milliceni
Ω Ouko 13(女)マラリア、Gaodencia
Baty75(女)胸の痛みと咳(寝たきり)、Baty家 仮講社設置
5日(火) ボンド市内自由行動
おさづけ取り次ぎ Tyson Owiti Ndiege
40(男)交通事故で寝たきり、Owiti家 仮講社設置
6日 (水) ボンド
おさづけ取り次ぎ Tyson Owiti Ndiege
40(男)交通事故で寝たきり
車
でキスムへ9時着キスム近郊のオロング村訪問、カソリック教会訪問、聖歌隊の歓迎の歌(賛美歌)にお礼としてよろづよ八首総立ち、オロング小学校訪問、ピアニカ贈呈>ナイロビ一9時着
7日 (木)
ナイロビ23時20分発ーアムステルダム経由
9日(土) 関空9時着
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笠岡・海松ケ岡 会長子弟 森本正典
色々な節を色々な形で助けていただいて、私は悩んでいました。親神様の存在を再認識しながら生きて行く上で、最も重要な事は何か?と。
自分自身の成人か?それともおたすけか?それとも世上にてやり通すべきか?そんな考えの中をさまよっているうちに、ある日突然アフリカの話に出会った。「行ってみませんか?行きましょうよ」と、言い寄られながら…
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「親神様は今これをせよ」
とおっしゃっているのかな?と思い、その場で
「はい」
と言ってしまいました。内心では、
「ダメになった時は断ればいいや」
と軽い乗りのつもりで返事をしたのです。教会に帰って会長様に伺うと
「そうか、先代の思いも報われる。思いきって死ねるか」
と聞かれ
「はい」
と答えました。
先代は布教のさなか身上をいただき出直した。とかねて会長様より聞かされていたので、その時に私は、出直しをも覚悟する事ができました。
道中にはいろんな事があり書ききれませんが、一つだけ。出直しをも覚悟した私がメンバーに触れた時
「何と素直で、何と勇気があるんだろう」
と思いました。
「恐くないの?」
と何人かに何度も聞きましたが
「怖がっても今さらじゃん!」
の答えは正直言ってビックリでした。私がアフリカで得る事ができたのは、かけがえのない勇気に触れた事だったような気がしています。
以来ますます親神様と対話する事がふえ、また来年も他のメンバーも誘って参加できればと思っています。メンバーの皆さんにはとてもお世話になりお礼を伝えたいです。「勇気という名のプレゼント本当に有難うございました」
お取り次ぎした「おさづけ」オュジュラム・カラゴナ10才 胸、オイサック・オコム36才 胸、オモフ・ウンディテ35才 胸、名前年令不承 目、ドウリヤス・フワセ32才 エイズ、ジュニヤカヤ・アペヨ32才 ぢ、ロビンソン・オモンジ53才 頭・目・皮膚、ジョセフィン50才 頭、アリス・アニャンゴ30才 リンパ腺、フェリナ・ウイナ42才 頭・咽、アルノルダ15才 頭・目、ナダヤン57才 頭・胃、ルソッサ・ドゥワン13才 目、オケイチ74才 腰、マディウマ13才 目、ポリラ・アチェノ15才 口、オフィナ・オクム15才 腹、ステイブィノ・コーツ14才 耳、ジェームス・オティニ12才 頭、ジョン・オキリ14才 頭、カロリアン・ガーナ13才 頭、ロリッサ・アディアンボ15才 腰、ルイス・アディアンボ 18才 足、フローレンス・アティアノ1才3ヶ月 水痘症、シルビア・オキニ4ヶ月 腹、アモス35才 過労、ポンド・デシバサ22才 腹、パトリック・オコッタ25才 腹、アリス36才 腹、頭、全29名 取り次ぎ 35回どんな人に取り次ぐ時も案じてはいけない。私のは親神様がついて来てくれているのだと信じきる事が大切だと思いました。
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敷島・宇龍よふぼく 福本 道子
感動の体験の旅
私の父は今の小学校入学時三〇幾名が 三年生に進級できた人は三名…明治時代の学校生活…。母は入学して七日目に父親の出直しの為に学校へ行けなくなり、十五日目にして子守りとして仕事に…。父は二十歳の頃下関まで行ったが連れ戻された由。長兄(阪本明の父)は戦争で海外へ行き終戦にて帰国、その後開拓村への希望を願ったが長男の為許されず…。
「御両親様、兄上様(孫)(子供)がケニアで生活をしていますよ!」
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第2回アフリカおたすけ隊のお話を聞かせていただき、出発10日前まではっきりせず、素直な気持ちで進ませていただこう、と思い、出発しました。
わずか1月27日より2月9日までの短い時ではあったが、自分の目で見る事ができたケニア……老女(67歳)でも行ってこれました。
若い方たち、自分の眼で見て、耳で聞く、そして、自分として良く考えて、人生は瞬間の連続だと思います。何処へでも参加して下さい!
車の中からの夕日、ホテルの朝日、思い出はつきません。
おたすけ場所に来られた人の顔、顔、顔、子供の輝く瞳に! 言葉に表わしきれない感動、感動、もう一度行ってみたいと思う。
シンバさん、お母さん、お兄さん、コザニーさん、マーニさん、フジさん、ヨシミちゃん、コトちゃん、ヨシエちゃん、キミちゃん、明、智ちゃん、敬さん、参加させていただき、皆様に会えた事感謝致します。遠い国の人々に、水の恵みを願いつゝ感想にとペンを終わりにしたいと思います。
註 今回の隊は、栄慈さんの提案で、よふぼくとしてみんな同じ立場、肩書きや立場をはずしましょうと言う事で、それぞれにニックネームをつけて日程をこなす事になりました。山崎栄慈=えいちゃん、福本雅彦=マージー、、福本道子=みっちゃん、、小崎浩司=コザニー、、阪本起三子=キミちゃん、山崎城之=シンバ、山崎純子=おかあさん、森本正典=マーニー、山崎敬充=タカさん、石原藤彦=フジさん、廣田好美=ヨシミちゃん、中西こと=コトちゃん、高野美江=ヨシエちゃん、阪本明=アキラさん、阪本智恵=ちえさん
福本おさづけのリスト
福本雅彦 ダン頭痛17歳男、二パウレン頭、右大腿部13歳女、プリスカ顎、首38歳女、レオネダ胸45歳女、デニス目12歳男、エリック・オチェン鼻水13歳男、カロリ胸痛、咳、耳痛2歳男、メリアン腹痛7ヶ月女、ベネデーダ膝痛70歳女、ペリエスマラリア頭痛一ヶ月女、サラ・アティエノ頭痛、胸痛37歳女、オネスマス・オディヤンボ頭痛12歳男
福本道子 ジュリアス胸痛48歳男、ジョセフ頭、右大腿部49歳男、ジョアブ胸、腕45歳男
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敷島・宇龍 柳布教所子弟 阪 本 明
第2回お助け隊に参加させて頂いて
私は通訳の方に廻っていたので、皆さんの体験を私も一緒に共験させて頂きました。不思議、不思議の連続を……。たった今まで腕が曲がらなかった人が腕が曲がるようになったり…。ずーっと寝たきりの人が起きて表で座っていたり…。
うちの教会の会長さん(小崎先生)が「今のこの辺りは、日本の昔、明治の頃、ちょうどお道が広まった頃と同じような感じと思う」と一言…。車とかそういう文明も何も無い「田舎」、畑しかない…。日本もこうやったんやなー。なんか一瞬、すごい子供の頃の事を思い出した。これほど田舎ではないが、これに近いような親しみを感じる一瞬。土の匂いを感じ、草木の匂いを感じ、熱い太陽を感じ、風を感じ…。小川のせせらぎがあればパーフェクトやけど…。
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敷島・宇龍 柳布教所子弟 阪 本 智 恵
第2回お助け隊に参加させて頂いて
私達夫婦は、ケニアのガリッサにて活動をしていた事から、現地参加させて頂きました。
皆さんが来るまでに、ナイロビでのおさづけ取次ぎ先を手配しておきたいと考え、国立ケニアッタナショナルホスピタルへ行き、手続きを始めておりましたが、やはりアフリカとでも言うのでしょうか?予定通りに事は運ばず、その事を楽しみに来て下さった皆さん方をがっかりさせてしまい、本当に申し訳ない思いで一杯です。申し訳ありません。
私自身その頃色々な事があり、自覚はしていませんでしたがどちらかというと気持ちがいずんだまま、皆さんをお迎えさせて頂きました。
そんな私が、皆さんと過ごした11日間。耳に聞こえてくる事、皆さんとの話、全てが私を励ましてくださる内容でした。1日、又1日過ごすうち、がんばろう!もっとやらなくちゃ!という気持ちが湧いてきました。又、隊員の皆さんの勢い!道行くそこここでにをいをかけ、おさづけが取り次がれている風景はこんな事ってあるのかしら?と思うほど、不思議な光景でした。
特にボンドでのおたすけ活動は、親神様、おやさまが先回りして待っていてくださり、沢山の不思議なご守護を見せて頂いた事、所属教会の会長さん始め皆さんの親心、そして海外布教に接したいという教友達からじわじわと伝わってくる感動と興奮と戸惑い、そして親神様がここでのおたすけ活動を咳き込まれているという事を体で感じました。
今別れてから沸いてくる私の思い、勝手な思いだと思いますが、これからここで布教を始めようとしている私達、まだまだ未熟でどうしたらいいのか?という事を悩むときがあります。そんな同じ体験を一緒にして、その場でその時にどう受け取ったらよいのか?どう対処したらいいのか?を話し合える仲間が欲しいと、今回来て下さった皆さんと将来は布教の現場で起こってくる、実際布教の現場で四苦八苦しなければ体験できない事について話をしたいと思いました。
感動の中に、励まされた、第2回おたすけ隊隊員の皆様、そして引率者の皆様方、本当にありがとうございました。この感動、励ましをいつも心に、これからこの地で、夫婦そろって親神様、おやさまのへ恩返しを展開させて頂きます。
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